第9話 謎の手作り弁当
茅野から相談を受けてから3日が経った。あの騒動の翌日、葉月が俺に苦情を言って来た事以外は特に問題は起きず平穏な日々が続いている。
この日の昼休み、俺が近所のパン屋で買ったカレーパンを食べていると俺の前の席に誰かが座る。
誰かと思い顔を上げて見れば葉月である。あいつは自分の弁当を俺の机に置いて、何食わぬ顔で俺の前の席に座っていた。
「どうしたんだよ、葉月? いきなり俺の所に来て」
「俊介、一緒にお昼ご飯を食べよう!」
「俺の所ばかり来ないで、たまには別の人と食べろよ」
「いいじゃん別に。減るものでもないし」
「まぁ、確かにそうだな」
葉月がいようがいまいが、今の所俺の生活に大きな支障はない。
しいていえば何か問題を持ち込まないか不安だけど、毎回そんなことが起きるわけもないので俺の側にいても特に大きな問題はないだろう。
「それに僕、俊介に相談したいことがあるんだよ」
「相談? 一体何の相談だよ?」
葉月の相談とはなんだろう。この前俺のせいで夕食が食べられなかった話は終わっているので、話すとしたら別の件になるはずだ。
「俊介にしか話せない、重要な話なんだ」
「それはどんな話なんだ? とりあえず言ってみろよ」
真剣な顔で俺を見る葉月。あまりの真剣な顔つきに俺も思わず身構えてしまう。
「(だけど今まで俺は何回この表情をする葉月に騙されて来ただろう)」
それこそ数えきれないぐらい俺は裏切られた。
この顔つきで話すしょうもない話に、どれだけ俺は付き合わされたかわからない。
「(だから真面目に聞いてもしょうがないだろうな。今回もきっとしょうもないことだろうし、適当に聞くか)」
そう思うと体の力が自然と抜ける。俺は手に持つカレーパンをかじりながら、葉月の方を見た。
「何で俊介はそんな適当な対応をするの!? もう少し真剣に僕の話を聞いてよ!?」
「そう言ったって、今まで俺に相談した時もどうでもいいような話しかなかっただろう?」
「今回こそ重要な話なんだよ!! だからどうしても俊介に聞いて欲しいんだ!!」
「わかったわかった。ちゃんと話を聞くから、そんなに近づくな」
ただでさえ暖かくなってきているのに、そんな至近距離で近づかれると暑苦しい。
これが女子(例えば茅野)なら嬉しいけど、男同士でこんなことをしていてもむさ苦しいだけだ。
「それじゃあ話すね。俊介」
「なんだよ? 急に改まって?」
「その‥‥‥さ‥‥‥」
「その、なんだ?」
「俊介の‥‥‥俊介の机の上に置いてあるメロンパンを僕に頂戴!!」
「ふざけるな!!」
「痛い!! なんで僕の頭を殴るんだよ!!」
「そんな立派な弁当持ってる奴に渡す食べ物はない!! 全く真剣に話を聞いて損したわ!!」
やっぱり葉月が持ってくる話はろくでもない。重要な話と言っていたから身構えたけど、聞くだけ無駄なようである。
「酷いよ!! この前食べたメロンパンが美味しかったから、意を決してお願いしたのに!!」
「これは俺の貴重な昼飯なんだ!! 誰が渡すか!!」
毎朝親が昼食代としてくれた少ないお金で買う、貴重な俺のタンパク源なんだ。
それを何で俺がお前に渡さないといけないんだよ。買うなら自分で買ってこい。
「それに‥‥‥」
「それに?」
「俺はこんな立派な重箱に入った弁当を持ってくるお前の方が羨ましいよ。正直俺の昼ご飯と交換してほしいぐらいだ」
「駄目だよ!! これは僕の物だからあげないよ!!」
「そんな事はこっちも百も承知だ。お前は俺の貧相な食事を求めるよりも先に、まずは自分が持って来たものを食べろ」
俺の机の上にのっている3段重ねの大きな重箱。
見るからに豪勢な食事が入ってそうな弁当があるというのに、葉月は何を考えて俺のメロンパンを奪い取ろうとしたのだろう。正直理解に苦しむ。
まぁ葉月のことだから、何も考えてないんだろうな。
「こんなに豪華な弁当を持ってきているのに、俺の食料まで手をつけようとするなんてふてぇ野郎だな」
「俊介の今食べてるカレーパンも美味しそうだね」
「このカレーパンは俺が1番楽しみにしていた物だから絶対渡さないぞ!!」
あのパン屋に置かれるラインナップの中で俺が1番好きなパンを奪おうとするなんて、葉月はどうかしている。
これだけの量の弁当をこれから食べようとしているのにまだ食べる気なのか? あいつの食欲は一体どうなっている?
「しょうがないな。俊介がそこまで反対するならあきらめるよ」
「最初からそうすればいいんだよ」
「それじゃあご飯にしようか」
「そうだな。ところで葉月、その重箱の中は何が入ってるんだ?」
「それが僕もわからないんだよ」
「はぁ? 何で弁当を持って来た本人がわからないんだよ? おかしいだろ?」
「だってこのお弁当は自分で作ったものじゃなくて、ある人からもらったものだから僕も中身を知らないんだ」
「もらい物?」
「うん。お昼までのお楽しみって言ってたから、中身を聞けなかったんだよ」
「おいおい。そんな弁当を食べようとして大丈夫かよ? 中を開けたらゲテモノ料理が出てくるとかないよな?」
「たぶん大丈夫だよ。だから早く中を見よう!」
「おい、葉月!? 俺はまだ心の準備が‥‥‥」
俺の静止を聞かずに葉月がゆっくり重箱の蓋を開ける。
重箱の中を見て俺は驚愕した。隣にいる葉月も俺と同じような表情をしている。
「何だ‥‥‥これは!?」
「すごい!! どれもおいしそう!!」
重箱の蓋を開けると中にはおいしそうなおかずが所狭しと綺麗に敷き詰められていた。
味は食べていないのでわからないけど、見た目だけは美味しそうなおかずが目白押しである。
「1段目からクオリティーが高いな」
「から揚げや出し巻き卵、アスパラガスのベーコン巻きまである!」
「1段目はお弁当のおかずになりそうなスタンダードなものを入れたのか。やるな、この人」
これは絶対に外さないという、老若男女誰もが喜ぶお弁当の定番ばかりが並んでいる。
普段は人の弁当に興味がない俺でも、この弁当は一口食べてみたい。
「このクオリティー。作った人はかなりの料理上手だな」
「そうなの?」
「そうだよ。ボリュームもさることながら、おかずをバランスよく綺麗に敷き詰めているので見栄えも完璧なんだよ」
「なるほど。このお弁当が美味しそうに見えるのはそのせいなんだね」
「たぶんな。この弁当を作った人は相当力を入れて準備をしたに違いない」
まさに葉月の為に作った愛の弁当と言えるだろう。この弁当を作った人はかなり葉月の事が好きみたいだ。
一つ一つのおかずの手の込み具合からいっても、気合の入れ方が違う。
葉月に喜んでもらう、その為にこの弁当を作ったに違いない。
「1段目がお弁当の定番なら、2段目以降はどうなってるんだ?」
「定番は全部出ちゃったし、ごはんやパンみたいな炭水化物が入ってるんじゃないの?」
「2段目が炭水化物系だとして、3段目には何が入ってるんだよ」
「う~~ん、なんだろう」
「まぁ、中を見ればわかるだろう。とりあえず蓋を開けてみろ」
「うん」
葉月はそのまま2段目の重箱を開ける。
その中身を見た俺と葉月は再び目を見開いた。
「わぁ!! 凄い美味しそう!!」
「なるほどな。2段目は中華系か」
「エビチリやシュウマイに回鍋肉。どれも僕好みのものばっかりだよ!」
他にも春巻きや餃子、ビーフン等中華料理のフルコースが並んでいる。
中華料理というよりは葉月が好きな中華料理といった方が正しいか。
野菜メインの料理よりも、肉や魚中心のメニューが並んでいた。
「油淋鶏や麻婆豆腐まである!」
「出来れば酢豚やチンジャオロースも食べたかったな」
でもこのクオリティーの中華料理が作れるなら、俺が今あげた料理も簡単に作れるに違いない。
それぐらいの料理を作れる力がこの弁当を作った人にはある。
「3段目はなんだろう」
「たぶん炭水化物系統だと思うけど、一応開けてみるか」
3段目を開けると俺の予想通りだった。中にはサンドイッチやおにぎりといった炭水化物系の料理が目白押しである。
その中でもひときわ目を引いたのは炒飯だ。普通家庭用のキッチンで作ると米がベチョベチョになりがちだが、そういうことは一切なくパラパラに仕上がっており非常に高いクオリティーで仕上げている。
この一連の料理の出来栄えはプロの技と言っても過言ではない。
「どれもこれも美味しそう!」
「量も多いし作り方も凝ってる。これを作った人は本当に凄いな」
さすがに俺もこの弁当を葉月に渡した人の事を素直に賞賛せざる得ない。
それだけの料理の技能がこの人にはある。
「まさに豚に真珠とはこういう事を言うんだな」
「ちょっと待って俊介!? 何で今その例えが出てくるの!? すぐに訂正してよ!!」
「うるさい!! ここまで素晴らしい弁当を作ってもらっておいて、俺の買ってきたメロンパンなんて食べようとするな!!」
それこそ先程の葉月の発言はこの弁当を作って来た人への冒涜である。
本当に今回の件は反省してほしいと切に願うけど、たぶんこいつは何とも思ってないんだろうな。
「そういえば葉月。この弁当は一体誰から貰ったんだ?」
「紺野先輩からもらった物だよ」
「紺野先輩?」
「俊介は覚えてないの? 1学年上の綺麗な女性の先輩の事?」
「1学年上‥‥‥女性の先輩‥‥‥。あぁ、なるほど! あの人か!」
葉月に言われてやっと思い出せた。1学年上のグラマラスな女性。その名は
俺は脳内に浮かびあがったお騒がせな先輩の姿を思い浮かべるのであった。
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