第8話 友人の定義

「風見、何を言ってるんだよ? お前達は友達だろう?」


「確かに俺と葉月は友達かもしれません。ですが俺と葉月は帰り道が全然違います」


「そうなのか?」


「はい。そもそも俺は自転車通学で葉月は電車通学ですよ。だから帰る方向が真逆です」



 これが俺と葉月が一緒に帰らない理由だ。俺の家は学校の最寄り駅とは反対方向にある為、葉月と帰る方向が被らない。

 だから休日も葉月と遊ぶことなんて滅多にないし、あったとしても夏休みとか冬休みの長期休暇中だけだ。



「あれ?」


「どうしたの俊介?」


「帰る方向も違うし、休日も殆ど一緒に遊ばない。ただ学校でだけつるむだけの関係」


「それがどうしたの?」


「いや、何だろうな。そもそも俺と葉月って友達なんだろうかと思っただけだ」


「ちょっ、まっ!? 俊介!! 何を言ってるの!? 僕達は正真正銘の親友でしょ!?」


「はっはっは、面白い冗談を言うんだな。風見は」


「俺は冗談で言っているつもりはないんですけど」



 先生は笑っているけど俺にとって笑い事じゃない。

 こいつとの付き合いは短いし、ろくにプライベートでも遊ばない。

 それに学校では今まで厄介ごとに巻き込まれ続けているので正直言って迷惑しているし、本当に友達なのか疑問だ。



「本当に風見は面白いな」


「俺は面白いことは言ってませんよ」


「わかってないな、お前は。そういう発言をする時点でお前は若いんだよ」


「人との付き合いで若いとか老いてるとかあるんですか?」


「ある。自分の思っていることをこうして人に口言している事が若いんだよ。大人になると例え友人同士でも、お互いに思ってることは言わないものだ」


「そうなんですか?」


「そうだ。大人だったらその場で話だけ合わせて、付き合いたくない奴とは自然と疎遠になっていく。そもそもそういう奴とは関わろうとしないんだよ」



 平松の話はどこか説得力があった。まるで自分が経験したような口ぶりである。



「だからこうやって何でも自分の思いを言い合える友達ってのは貴重なんだよ。小谷松との関係は大事にしておけよ」


「言ってることがよくわからないんですが?」


「今はわからなくてもいい。きっと将来、俺ぐらいの年齢になればわかるはずだ」



 先生は俺の背中を叩いて豪快に笑う。眉間に眉を寄せて不快な表情をしながらも、俺はこの人の事を嫌いになれない。

 初めてこの人を見た時は生徒を色眼鏡で見る気難しい人かと思っていたけど、こういった気さくなところがあるからこそ俺はこの人を憎めないんだよな。

 何も知らない人から見ればただの生徒指導に厳しい教師という印象だけど、実際は情に厚く生徒思いのいい人である。



「さてと。そろそろ茶番は終わりにして」


「今までのは全部茶番だったんですか?」


「そうだ。年寄りの話に付き合ってくれてありがとな。2人共、気をつけて帰るんだぞ」


「だから先生、俺はこいつと一緒に帰るつもりなんて毛頭ないんですが?」


「嫌よ嫌よも好きの内だぞ。風見」


「俺は本当に葉月の事なんてどうでもいいんですけど」



 やっぱり平松は大きな勘違いをしている。俺と葉月の関係を。

 そもそもの話として鞄も持っていない状態の奴と何故一緒に帰らないといけないのか理解に苦しむ。



「お前達は一緒に帰ったことはないのか?」


「入学直後、葉月の家に遊びに行った時の1度きりしかありません」


「なんだ。学校では仲が良さそうなのに、お前達は意外とドライな関係なんだな」


「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」



 平松も目を見開いて驚いていた。よっぽど俺と葉月が仲良しだと思っていたのだろう。

 その表情を見れば何も言わなくても一目瞭然である。



「平松先生!? 僕と俊介の関係はドライじゃないですよ!? ものすごく仲良しです!!」


「仲いい奴は俺に対してこんなに迷惑をかけたりしないんだけどな」



 俺が葉月と付き合っていて唯一よかったことと言えば、茅野と仲良くなれたことだ。

 そうでなければ葉月なんてただの厄介者でしかない。顔見知りになったことすら後悔するレベルである。



「それよりも俊介!! 何で僕と一緒に帰ってくれないの!? せっかくこうして会ったんだから、一緒に帰ろうよ!!」


「だから何度も言ってるだろ? そもそも俺は自転車通学でお前は電車通学。しかも帰る方向が逆方向だから、一緒に帰る理由もないはずだ」



 これだけ理由があれば、俺がどうして葉月と帰らないかわかってくれるだろう。

 一緒に帰っても校門前で別れるのだから、ここで別れても同じなはずだ。



「お前達は仲がいいように見えて、色々と面倒な関係みたいだな」


「やめて下さいよ。そのお互いの仕事が忙しくてすれ違っているカップルのような言い方」


「そうですよ。僕と俊介はものすごく仲がいいので、その例えは間違ってます」


「いや、仲は良くないだろ?」



 葉月は俺のことを友達だと思っているらしいが、俺にとって見ればただのうっとおしくて厄介な奴である。

 茅野が葉月のことを好きでなければ、とっくに縁が切れていてもおかしくない関係だ。



「(こいつの側にいると厄介事が俺にまで降りかかってくるから、出来れば離れたいんだよな)」



 外で見ている分には面白いかもしれないけど、実際自分の身に降りかかってくると話は違う。

 出来れば葉月の親友ポジションなんかになりたくない。

 代われるものなら誰か別の奴に代わって欲しい。俺の代わりになってくれる人、誰かいないかな。



「何を言ってるんだよ俊介!! この薄情者!!」


「やめろ!! 俺に触るな!! バカが移る!!」


「移ってよ!! むしろ僕のおつむを俊介にプレゼントする!!」


「背筋が凍ることを話すな!! お前のバカが感染したら俺の一生が終わってしまう!!」


「そこまでなの!? ねぇ、僕の頭はそんなに悪いの??」


「えぇい!! 俺にしがみつくな!! 早く離れろ!!」



 俺の体に抱き着く葉月を必死にはがそうとするが中々その手を離そうとしない。

 意外と葉月の力は強く、引きはがすのに苦戦する。



「はっはっはっは! やっぱりお前達は仲がいいんじゃないか!」


「先生、ついに目が腐りましたか? どこからどう見ればこのやり取りを見て、仲良くしているように見えるんですか?」



 この状況を見て仲がいいと思うなら、1度眼科か脳外科を受診した方がいいだろう。

 だが先生の様子は変わらない。俺達の事を見て笑ったままである。



「お前達は一生涯の友達になるだろう。俺が断言してやるよ」


「ありがたくない言葉を頂きましたね」


「今はそう言ってるけど、いずれお前にもわかる時が来る」


「出来ればそんな時なんて一生来ないでほしいです」



 平松は俺と葉月のどの部分を見て仲がいいと思ったんだ?

 それが俺にはわからない。傍目から見れば仲が悪いと思われても仕方がないような気がするけど。



「それよりも小谷松、明日はしっかりと宿題をやってこいよ」


「はい!! わかりました!!」


「そろそろ俺は職員室に戻るから。あとは若い奴でよろしくやってくれ。じゃあな」



 俺が嘆息する中、先生は手を振り職員室の方へと歩いて行ってしまう。

 残されたのは先程から不毛なやり取りをしている俺と葉月の2人だけだ。



「俊介」


「とりあえず一旦離れろ。暑苦しい」


「わかった」



 俺から離れると、真っすぐな眼差しを葉月は俺に向けてくる。

 葉月はよく見れば顔も整っていて、男の俺から見てもイケメンだ。我儘な所が玉に傷だが、情に厚く誰にでも優しく接するので女子からの評価が高い。



「(頭は悪いけど誰にでも優しくて、学校の美少女達が狙う理想の男性)」



 別の言葉に変換すれば、女性からは崇拝され男性にとっては学校の女子を侍らせる男の敵である。

 これで葉月が学校の女性を手当たり次第食い散らかしていたら、それこそ暴動が起こっていただろう。



「(だけどそういう事が起こらないのは、こいつはバカなりに実直で素直で裏表がない良い奴だからだろう)」



 裏表がなく付き合っていて楽なので、これからの行いによっては俺の親友と呼べる人になる可能性はある。

 平松が言った事もあながち間違ってないのかもしれない。



「どうした? 葉月」



 こうして俺のことを真剣な目でみているこいつは、申し訳ない程度だが頼もしく見える時もある。

 確かに数学の平松の言う通り、こいつとは長くやっていけるかもしれないとこの時何故か思った。



「葉月、俺達さ‥‥」


『ぐぎゅううーー』


「えっ!?」


「俊介、お腹減ったよ。何か食べもの頂戴」


「死ね!!」


「ぐぺっ!?」



 こいつを信じた俺が馬鹿だった。前言撤回。こいつとは永遠に友達になれる気がしない。

 目の前にいる葉月バカの脳天に握り拳を垂直に落とした時俺はそう思った。



「痛いな!! 俊介は何で僕の事を殴るの!?」


「自分の胸に手を当てて考えろ!! このバカ!!」



 葉月バカの事を信じた俺が間違っていた。

 こいつはこういう所があるから、俺も信用できないんだよ!!



「ちょっと待って!? 先に行かないでよ!! すぐ鞄取りに行くから、帰りにコンビニよって何か食べよう」


「悪いがコンビニには行かない」


「えぇ~~!?」


「俺はコンビニよりも近所にある行きつけのパン屋の方がいいんだよ」


「それって僕と一緒に帰ってくれるってこと?」


「‥‥‥好きに考えろ」


「やった~~!」



 本当面倒くさい奴だ。俺がこういうとものすごく喜んでくれる。

 こいつの過去に何があったかは知らないけど、何故か俺と話すといつも楽しそうに笑う。

 まるで高校に入るまで今までずっと独りぼっちで、友達が誰1人いなかったようにも見えた。



「それでそれで、俊介の行きつけのお店は何処にあるの?」


「えぇいうっとおしい!! 話している暇があるなら、さっさと教室から鞄を取ってこい!!」


「うん! わかった」


「全く、本当にあいつは面倒な奴だな」



 自分の教室に向かう葉月を見ながらそう思う。

 さっきの件や宿題の件といいと、俺はいつまでこいつに翻弄されればいいのだろう。



「俊介、準備できたよ」


「全くしょうがないな。それじゃあ帰るか」


「うん!」



 結局俺は途中まで葉月と一緒に帰ることになった。

 その後帰り道に寄ったパン屋で葉月が大量にパンを買い、家の夕食が食べられなくて怒られたらしい。

 以上のことを次の日の朝葉月が文句つけて俺に報告したので、脳天への拳骨をお見舞いして葉月の事を黙らすのだった。

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