第5話 マドンナの相談事
コースに出て走り始めること数分。俺の細かな息遣いだけがだけが聞こえていた。
茅野はどうしているのかと言えば、俺の後ろで一心不乱に自転車を漕いでいる。
「(茅野の奴、本当に大丈夫か?)」
運動音痴の彼女がここに至るまで一言も話していない。
話の話題がなくて終始無言なのか、それとも既に自転車でついて行くのが限界なのか俺もわからない。
前者の場合であれば問題ないけど、茅野の場合は後者の可能性が非常に高いので心配していた。
「茅野、さっきから無言だけど大丈夫?」
「大丈夫。これぐらいのペースなら平気だよ」
「それならいい」
いつもと同じぐらいのペースでここまで走ってるけど、現時点で特に問題はないようだ。
後ろからついて来る茅野の表情を見てもまだ余裕がある。
「(これなら最後まで持ちそうだな)」
俺がそう思って胸を撫でおろしてから10分後、まだ走り始めたばかりなのに茅野の息が切れだした。
スピードは問題ないようだが、どうやら持久力の方に問題があったらしい。
まだ全行程の半分も走ってないのにこの調子で完走できるのか心配になった。
「風見君‥‥‥‥ちょっと早いよ」
「さっきとペースは変わってないはずだけどな」
むしろ茅野と一緒に走っているのでいつもよりゆっくり走っているのだが、茅野にとっては速く感じるらしい。
こうなる事がわかっていたからついてこない方がいいと言ったんだ。
「辛いなら、このまま帰ってもいいぞ」
「大丈夫。まだついて行けるよ」
「無理はするなよ。きつくなったらいつでも俺に言ってくれ」
「わかった」
自転車を漕ぐ茅野は断固として帰る姿勢を見せない。
額に薄く汗をにじませながらも、必死に俺の後ろをついて来る。
「そういえば茅野、今日の相談事って一体何だったんだ?」
「うん。色々あるんだけど、風見君に聞いてほしい話は‥‥‥」
「もしかして前に話してくれた好きな人のことか?」
「どうしてわかるの!? 風見君ってもしかしてエスパー!?」
「そんなの茅野の様子を見ればわかるよ」
『いつも茅野の事を見てるからな』とまでは言えない。さすがにそこまで言うと茅野に気持ち悪いと思われてしまう。
なんとなく話しかけてきた雰囲気からしてそういう相談だと思ったけど、どうやら俺の予想は当たっていたみたいだ。
「風見君には私の考えていることがお見通しなんだね」
「お見通しというか、茅野は表情に出るからわかりやすいかな」
「そうなの? 周りからはよく何を考えてるかわからないって言われるけど?」
「それは周りの見る目がないだけだよ」
中学時代から見て来た俺だから、茅野の表情の変化がわかるのだろう。
ほんの少し茅野が見せる表情や仕草等の些細な変化。
それを見れば茅野が考えてることは大体わかった。
「風見君には敵わないね」
「まぁ、そういう事にしといてくれ」
茅野の笑顔に見とれてしまい、思わず顔をそむけてしまう。
可愛すぎて今の茅野を直視することが出来ない。
「風見君? どうしたの? 息も荒いし、疲れちゃった?」
「何でもない。俺の体力は大丈夫だ。それよりも話を続けてくれ」
何でもないような顔をして必死に走る。ここで少しでもにやけような物なら茅野に変な人扱いされそうなので、俺も彼女とは違う意味で必死だ。
「(そういう顔は好きな奴がいる時にしてくれ。勘違いしそうになるだろう)」
葉月と話している時とはまた別の笑顔。俺は茅野が自然と笑っているこの笑顔が1番好きだ。
この表情は葉月と話している時にはあまり見せることがない笑顔である。
それをたまに俺といる時に見せてくるので、うっかり俺の事が好きなんじゃないかと勘違いしそうになった。
「それで話の続きだけど」
「うん」
「風見君の言った通り、今日相談したいのは私の好きな人のことなの」
「そうか」
この茅野の発言で俺は正気に戻った。
茅野は大きな声で好きな人の名前を言わないけど、その思い人は十中八九葉月のことである。
何故なら普段あいつのことをチラチラと横目で見ているし、茅野が初めて俺に相談した時も葉月関連の話だからだ。
その為早い段階で茅野の好きな人が葉月だとわかり傷心するも、茅野の幸せを願ってサポートに周ることにした。
「(本当はあまり相談にのりたくないが、茅野が頼ってくる手前仕方がないな)」
茅野の葉月を見る熱い視線を見るたびに胸を掴まれたような気持ちになるが、葉月が相手ならしょうがない。
あいつは勉強もできないし運動能力も普通、だけど誰よりも格好良くて優しいから女子にだけはモテる。茅野が惹かれる理由もわからなくはない。
「(だから俺はこの恋を応援することにした)」
なんだかんだいって葉月も俺の友人だし、茅野も俺の大事な友達だ。だから俺は2人の為に自分の気持ちを殺して一肌脱ぐことにしたのだった。
「それで最近そいつとはどうなんだ? 上手くいってるのか?」
「うん。いっぱい話も出来てるからすごく楽しい」
「すごく楽しいか。そりゃよかったな」
確かに最近茅野と葉月が会話をすることが増えている。
時折俺が間に入って会話をつなげているが、2人で話す機会も増えたのでいい傾向だろう。
「高校に入学した最初の時を思えば、かなりの進歩だな」
「そうかな?」
「そうだよ。自信を持て、茅野。お前の悪い所だぞ」
「うん。ありがとう、風見君」
「どういたしまして。でもそんなに順調なのに何が不安なんだ? 俺には問題ないように思えるけど?」
「確かにその人といっぱい話せて嬉しいんだけど、彼の為に何かしてあげたいなと思って」
「何かしてあげたいって何をするんだ?」
「せっかくだからプレゼントを渡してあげようと思ってるの」
「プレゼントか。いいアイディアだな」
相手の心を掴むにはいい戦術だろう。普段は消極的だけど、大胆にアタック出来る事が茅野のいい所だ。
こういう所は俺も見習いたい。
「それで問題はどんなプレゼントを渡すかなんだけど、男の子は何を貰ったら喜ぶかな?」
「男がもらったら喜ぶプレゼントか‥‥‥‥」
男が女子からもらって喜ぶ万人受けのプレゼントなんて俺には思いつかない。
それこそ茅野からのプレゼントなんて誰でも喜ぶだろう。
「う~~ん、難しい相談だな」
「一般的な!! あくまで一般的な意見でいいから!!」
「一般的な意見ね」
一般的な意見といいつつも、葉月に対してのプレゼントである。
あんな変人宛のプレゼント等、何をあげていいか俺みたいな一般人にはわかるはずもない。
「難しいなら言い方を変えるね」
「言い方を変える?」
「うん。例えば‥‥‥風見君は何がほしい?」
「俺?」
「そう! 風見君がもらったら嬉しいプレゼントを教えてくれないかな?」
「俺がもらったら嬉しいものか」
どんなものがあるだろう。茅野からのプレゼントなら何でも嬉しいし、例えそこら辺の池の小石を渡されても俺なら喜んでしまう。
ある意味先程よりも難しい質問を茅野は俺に問いただしてくる。こう考えてしまうという事は、もしかすると俺も葉月や慶治のような変人なのかもしれない。
「それは難しい相談だな」
「一般的な意見じゃなくて、風見君なら何がほしいかでいいから。答えてくれると嬉しいな」
「俺なら何がほしい‥‥‥か」
茅野は難しい質問をしてくる。一体なんと答えるのが正解なのかわからない。
ここまで自転車を漕いだせいか茅野の頬はうっすらと赤く染まり、緊張した面持ちで走っている俺の事を見ている。
ここで変な回答を出そうものなら茅野を失望させかねない。だからどんな回答をすればいいか必死になって考える。
「(そうだ! ここは俺自身を葉月に置き換えて考えてみればいいんだ)」
俺は何をもらっても嬉しいけど、葉月が何をもらったら喜ぶか考えればいいんだ。
何だ。簡単な事じゃないか。
「(葉月は食いしん坊だから、物よりも食べ物の方がいいだろう)」
普段から俺の2倍は食べてるから、食には人一倍興味があるはずだ。
「(食べ物だったら市販で売っている物よりも、手作りした物の方が好感を持たれやすいはずだよな)」
その方が男子は喜ぶはずだ。それが茅野の手料理なという事なら泣いて喜ぶだろう。
「(そうか! わかったぞ!)」
よくよく考えてみれば答えは簡単だ。
男なら誰しもが喜ぶプレゼント。それは女子が作った手料理である。
「考えてみたけど、茅野の手作り料理がいいんじゃないか?」
「手作り料理?」
「そうだ。手作り料理ってその人の気持ちがこもってるだろ? だからそれを茅野の好きな人にあげるのはどうだ?」
「手作り料理と言っても、何をつくればいいかな?」
「そうだな‥‥‥例えばお菓子。手作りのマフィンとかどうだ?」
「いいかも! ちなみにだけど、風見君はお菓子だったら甘いものと甘さを抑えた物どっちが好き?」
「そうだな‥‥‥」
葉月の好みを考えると絶対に甘いものがいいはずだ。
あいつは超がつくほどの甘党で、コーヒーや紅茶に砂糖を4個入れる程である。
「(俺個人としては甘さ控えめの方が好きだけど、葉月の事を考えれば絶対に甘い方がいいな)」
あいつは俺とは真逆の舌を持つ男。だからこの考えで間違えはないはずだ。
「それはもちろん、甘い方がいいな」
「わかった。じゃあ今度作って来るから風見君も食べて見て」
「何!? 俺にもくれるの!?」
「うん。出来れば試食してほしいんだけどいいかな?」
「全然いいよ。むしろ俺は茅野が作ったお菓子を食べたい」
「本当?」
「本当だよ。嘘じゃない」
「ありがとう、風見君。そう言って貰えてすごく嬉しい」
俺に向かって微笑みかける茅野の姿はものすごく可愛かった。それは今までの比ではない。
中学時代から茅野を見て来た俺からすればトップ3に入る程の破壊力である。
それほど今の茅野は魅力的に映った。
「風見君? どうしたの?」
「いや、何でもない」
にやけるなよ、風見俊介。ここでにやけたら今まで積み上げた信頼が全てなくなるぞ。
ここは別の事を考えるんだ。例えば俺に満面な笑みで抱き着いてくる葉月の事とか、見窄らしい姿で俺に抱き着いてくる葉月の事とか考えるんだ。
あいつの事を考えてたら高揚していた気持ちも段々と落ち着いてきた。いつもはうっとおしいけど、今だけはあいつに感謝しよう。
「(俺に試食させなくても直接葉月に渡せばいいのにな。その方があいつも喜ぶだろう)」
だけど茅野が俺を実験台にする理由、それはたぶん自分の料理の腕に自信がないのだろう。
好きな人に渡すプレゼントなんだ。茅野も万全を期して渡したいはず。
だからこそ俺に相談を持ち掛けたのだろう。頼まれたからには最後まで付き合わないと茅野に悪いからな。
複雑な心境だがここは葉月に渡すまで試食に付き合うしかないか。
「トッピングは何にしようかな?」
「チョコチップとかアーモンドはどうだ?」
「そのアイディアいいかも!」
その後およそ70分ちょっとの間、葉月に渡すプレゼントの話をしながらランニングをする。
結局どんなマフィンにするかと2人で意見を出し合ううちに、俺達はいつの間にか学校へと戻っていた。
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