第4話 マドンナと遭遇

「さて、いつものコースに行って練習を始めるか」



 左腕につけている時計をストップウォッチモードに変更し練習をする準備に入る。

 俺がいつも走っているコースは学校を出て近くの大きな池を1周するコースだ。

 1周が約20kmのコースになっており、ポイント練習がない日はそのコースを時間を考えずゆっくりと走ることが俺の日課となっている。



「顧問は60分のジョギングって言っていたけど、少し長めの時間走るか」



 最近体の動きも悪いし、少しぐらい練習時間をオーバーするぐらいは大目に見てくれるだろう。

 色々と考えること(ほぼ全て葉月の事)が多いので、こういう時は何も考えずにゆっくり長い距離を走るのがちょうどいい気分転換になる。

 そこで走りのフォームを固めながら精神統一をして、明後日行うポイント練習に心と体を合わせよう。



「よし。方針は決まったな」


「風見君?」


「その声は‥‥‥茅野?」


「わぁ! 本当に風見君だ」



 学校の校門前を出ようとした瞬間、自転車を押している茅野と出会う。

 珍しく茅野は1人で自転車を押して帰ろうとしている。その周りにはいつも一緒にいる友達もいない。



「1人なのか?」


「うん」


「珍しいな。茅野が1人で帰るなんて。いつも友達と一緒にいるのに」


「今日は友達がみんな部活で忙しいから、1人で帰る事になったんだ」


「部活? 茅野も部活に入ってただろ? 確か‥‥‥」


「料理部の事?」


「そうだ。料理部の活動はどうしたんだ? 少なくとも平日は校内で活動してるだろう?」



 この学校の文化部にしては珍しく、料理部は他の文化部よりも活発的に活動している。

 その関係でたまに俺や葉月に料理部で作ったものを差し入れてくれることもあった。



「今日の部活動は休み」


「そうなんだ」


「うん。放課後先生達が家庭科室にある器具の点検をするんだって。だから今日は活動する場所がないからお休みなの」


「そうか。それならしょうがないな」



 活動する場所がないなら、部活が休みになってもおかしくはないだろう。

 特に茅野達が所属する料理部は料理が出来ないとどうしようもないので、家庭科室が使えないなら大人しく帰るしかない。



「風見君はもう帰るの?」


「帰らないよ。俺はこれから練習に行く所」


「練習?」


「そう。陸上部の。今日は各自適当にジョギングするだけだから、これから外を軽く走ってくるわ」



 正直俺が茅野と話したいからといって引き留めても、だらだらと話していたら迷惑がかかる。

 茅野だってきっと家に帰ってもやる事があるはずだ。だからここで引き留めるのも気が引けるから、さっさと俺も練習に行こう。



「じゃあ俺はこれから練習に行くから。また明日な」


「ちょっと待って!!」


「どうしたんだよ? 茅野?」


「今日の風見君の練習だけど‥‥‥」


「うん」


「私もその練習について行ってもいい?」


「えっ!? 茅野が俺の練習について来るの!?」


「やっぱり邪魔かな?」


「邪魔じゃない邪魔じゃない!! むしろいいの? 俺の練習に付き合ってもらっても?」


「うん、大丈夫。色々相談したいこともあるから、風見君には聞いてほしい」



 茅野がこうして俺に相談してくることは珍しい事ではない。

 むしろ最近葉月との仲が順調だからかもしれないが、2年生になってこうした相談は減っていた。



「久々だな。茅野からこういった相談を受けるのって」


「最近は悩むことが殆どなかったから。相談しなくてもいいかなと思って」


「そうか。順調そうならそれでいい」


「うん。いつもありがとう、風見君」



 茅野にこういう風に感謝されると何故か俺も嬉しくなる。

 こういう相談をされる時は決まって葉月の話をすることが多いけど、こうして茅野と2人で話せるなら正直どんな話でもいい。

 ただ茅野と2人っきりで話すことが出来るだけで俺は嬉しかった。

  


「個別練習だがらついてくるのは問題ないけど、茅野は俺のペースについてこれる?」


「大丈夫だよ。ちゃんと自転車でついて行くから」


「でも‥‥‥」


「確かに私が普通に走ったら風見君には追い付けないけど、自転車ならついて行けるよ」


「そうか。それならいいんだけど‥‥‥」



 自信満々な茅野には悪いけど、こんなにも俺が心配するのには理由がある。

 それは茅野は誰もが認める運動音痴だからだ。

 それなりに身長があり可愛い見た目に反して、茅野は全くと言っていい程運動ができない。

 そんな運動音痴の茅野が自転車を使ってるとはいえ、俺のランニングペースについて行けるのか不安でしょうがなかった。



「大丈夫。風見君は大船に乗った気持ちでいて」


「わかった。出来るだけゆっくり走るから、しっかりついてこいよ」


「うん」



 こうして俺は茅野を連れてランニングへと向かう。

 2人で校門を出て、いつも俺が走っているランニングコースに向かうのだった。

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