第3話 変人の巣窟
教室を出て向かう場所は陸上部の部室。
廊下を抜け体育館の隣にあるプレハブの建物の中に俺が所属する陸上部の部室がある。
「ちぃ~~す。俊介」
「慶治か。この時間にいるなんて珍しいな」
「まぁな。たまたま帰りのホームルームが早く終わっただけだからあまり気にするな」
部室で俺の事を迎えてくれるのは
坊主頭で筋肉質という恵まれた体格とは打って変わり趣味が読書という変わり者で、今もカバーがかけられた本を黙読している。
「先輩達はどこに行った?」
「みんなランニングに行ったよ。今日の練習は60分間のジョギングだって」
「そうか」
「ポイント練習は明後日だから、みんな気合入って練習してるよ」
「気合が入ってると言う割に、慶治は練習しないんだな」
「俺は練習しなくても走れるからな。調整をする必要がない」
「そのセリフ、一度でいいから俺も言ってみたいよ」
慶治は秀才タイプである俺とは違い、正真正銘の天才である。
毎日継続して練習しないと走れない俺とは違い、少しサボっていても簡単に練習をこなしてしまう。
あいつと練習を一緒にしている時、何度俺はこいつの才能を羨ましく思っただろう。
だけど慶治の才能を欲した所で手に入れられるわけもないので、自分は自分と言い聞かせて日々の練習に取り組んでいた。
「これから俺もジョギングに行くけど、慶治も一緒に練習しないか?」
「悪い。俺はパスするわ」
「相変わらずの練習嫌いだな」
「まぁな。俺は地味で辛いことが何よりも嫌いなんだよ」
「それなら何で陸上部に入ったんだよ?」
陸上部、それも長距離走なんて地味で辛い事しかないのによく入部を決断したな。
練習が嫌いな慶治が何でこの部活に入ったかいまだにわからない。
「その答えは簡単だ」
「簡単?」
「あぁ。この部活に入れば、練習をサボり放題と聞いたから入部したんだ」
「そんな理由でこの部活に入ったのかよ!?」
「ああ、何か悪いか?」
「お前は何も悪くない。聞いた俺が馬鹿だっただけだ」
慶治と話すことをあきらめ、制服からウインドブレーカーに着替え走る準備をする。
準備体操をして走る準備をする俺とは反対にウインドブレーカーを着込んだ慶治は本をに目を通したまま身動き1つとろうとしない。
「そういえばその本、前から気になっていたんだけど何を読んでるんだ?」
「そんなに俺が読んでる本のタイトルが知りたいのか?」
「あぁ。興味がある」
毎日この部室に来る度に見ているハードカバーの本。
慶治程の人間が熱心に読んでいるのだから、興味がわかないわけがない。
「そんなに興味があるなら教えてやろう。この本のタイトルは‥‥‥」
「‥‥‥タイトルは?」
「『高校生から始める初めての体験。必見!! 高校生が目覚めた性事情!!』って本だ」
「もったいぶって読み上げるものがエロ本かよ!!」
「違う!! これはエロ本なんて低俗な物ではない!! それより数段上の高尚なSM本だ!!」
「余計いかがわしいわ!! 学校になんてものを持ち込んでるんだよ!!」
エロ本ならまだ可愛いと思えるけど、SM本なんて本格的すぎて逆に引くわ!!
今まで慶治の趣味が読書だと思ってた俺が間違っていた。
こいつは読書が好きなんじゃない。ただエロいものが好きなだけだ。
「別に何を持ってきてもバレなきゃ問題ないだろう」
「問題あるわ!! エロ本なら1億歩譲っていいとしても、SM本なんて持ち込むなよ!!」
見る人が見れば本格的にその道の人に間違われるだろ!!
高校生から一体何に目覚めてるんだよ、慶治は。
「SM好きの何が悪い!! スパンキングは最高の性行為の一種だとお前は何故理解できないんだ!!」
「はぁ、慶治が何でこの部に入ったかよくわかったわ」
俺がこう思う理由。それはこの部活に所属する人達全員が変わりものだからである。
いや、変わっているって表現は甘いな。変人。この言葉がしっくりくる。
「慶治だけはまともだと思っていたのに。どうやらそう考えていたのは俺だけだったようだな」
「そういう俊介はこの部にぴったりの人材だと思うぞ」
「ぴったりな人材? どういう所が?」
「お前みたいに一つ一つの事に丁寧にツッコミを入れる奴は中々いない。だからこの部において貴重な人材だと俺は思ってる」
「褒めてくれてありがとよ。俺は練習に行ってくる」
このままここで話していても、埒が明かない。
慶治と話していても頭痛が酷くなるだけなので、早く練習に行こう。
「待て、俊介!? 練習なんかサボって、これから俺と一緒にSMの事について語りあおう!!」
「悪いが慶治、俺はSMに興味がない」
「何!? 裏切ったか!?」
「裏切ったも何もないぞ。何度もいうようだけど、そもそも俺はSM自体に興味がない」
あの説明でどうやったらSMに興味を持ったという考えになったのだろう。
天才と変人は紙一重というけど、俺は慶治の考えがわからない。
「あきらめないぞ!! 俊介がSMに興味を持ってもらえるその日まで、俺はSMの良さを普及し続けるからな!!」
「はいはい。勝手にしろ。俺はもう練習に行くから。また後でな」
目の前で絶賛SMについて熱く語る慶治に見送られ、俺は部室を後にしてランニングに出かける。
校門前に着いた所で、時計を触り走る準備を始めたのだった。
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