014 / 宝箱の中身は

 そのまま、せっかく背負ってきた毛布も使わずに眠り込んだ。

 何時間寝たかはわからない。

 十分かもしれないし、数時間かもしれない。

 寝転がれば、無音と思われた洞窟内にもかすかな生命の気配を感じたが、さほどは気にならなかった。


「──…………」


 ボリボリと、ばさつく髪の毛を掻きむしりながら身を起こす。


「背中いって……」


 疲れていたとは言え、こんなデコボコで濡れた悪路でよく眠れたものだ。

 俺は、毛布の重要性を改めて理解した。

 あれは、ただ暖を取るためだけのものではない。

 地面と接する部分を保護するためにも必要なのだ。

 寝起きの口内に水を流し込んだあと、バキバキになった背中をかばいながら立ち上がる。

 マップを挟んだクリップボードを左手に抱えながら、俺の火炎魔法によってガラス化した部分へと足を踏み入れた。

 高熱によって岩場が溶け、すこし歩きやすくなっている。


「……すげえな、魔法」


 魔力という新たなるリソースの感覚が、俺の体に刻み込まれている。

 体力が回復したことが理屈抜きで実感できるように、先程の休息によって魔力が充填されたのがわかる。

 魔力とは、体力と引き換えにして自動的に回復していくものらしい。

 魔力を使い過ぎれば、体力の回復が遅くなる。

 疲れがまったく取れなくなるのだ。

 俺が泥のように眠ったのも、それが理由だ。

 普通であれば、あんな場所で眠りにつくことはできまい。

 自分の導き出した答えに納得しながら、洞窟内を行く。

 岩肌のガラス化は数十メートルも続いていた。

 これでは、あの大コウモリたちなど、ひとたまりもなかっただろう。

 自らが引き起こした惨状に戦々恐々としながら、大コウモリの巣であった脇道まで戻ってきた。


「──…………」


 慎重に、巣を覗き込む。

 全滅したのか、あるいは熱と音に驚いて逃げたのか、あれほどいた大コウモリたちは一匹残らず姿を消していた。


「ふー……」


 思わず息を吐く。

 あの薄気味の悪い姿は、もう見たくない。

 巣に足を踏み入れると、さきほどは気が付かなかった異臭が鼻を突いた。

 恐らく、堆積たいせきした大コウモリたちの糞によるものだ。

 まだ乾ききっていないものが臭っているらしい。


「踏みたくねーなあ……」


 だが、そうも言ってはいられない。

 俺は、生々しいものをなるべく避けながら、コウモリの巣を進んでいった。

 大コウモリの糞で小高くなった通路を抜けると、ようやく突き当たりが見えてくる。


「──宝箱だ」


 そこでは、朱色に金の装飾が施された、あまりにも宝箱然とした宝箱が、その存在をこれ以上ないほどに主張していた。

 唐突に現れた人工物に、戸惑う。


「誰が置いたんだ……」


 思えば、多くのRPGでもそうだ。

 誰が置いたかわからない宝箱が、明らかに天然の洞窟にぽつんと置かれている。

 ゲーム内では違和感を覚えなかったが、こうして実際に遭遇してみると、不自然極まりない。

 それはそれとして、


「さーて、お宝お宝と。何が入っていますかね」


 苦労の末に見つけ出した宝箱だ。

 期待に弾む心を押さえつけながら、ゆっくりと宝箱に手を掛ける。

 そこで、はたと気が付いた。


「……まさか、ミミックってオチはないよな」


 幸い、宝箱に鍵穴はなく、取っ手なども見受けられない。

 俺は、宝箱から手を離すと、腰に提げた長剣の柄に軽く触れながら、その蓋を蹴り開いた。


「──…………」


 特に反応はない。

 ただの宝箱だったようだ。

 溜め息を一つ吐き、宝箱の中を覗き込む。


「……鉱石?」


 人工精霊の光を浴びて複雑な色合いに輝く未知の鉱石が、大きな宝箱いっぱいに詰まっていた。

 なるほど、一気に持って帰れないわけだ。

 俺は、鉱石の一つに手を伸ばした。

 ずしり。


「──おっも!」


 鉄や鉛などより遥かに重い。

 おまけに、不思議と温かい。

 恒温動物を思わせる生物じみた熱が、鉱石に宿っていた。


「なんだこれ……」


 わからないが、とにかく価値はありそうだ。

 二、三個持って帰れば、しばらくの宿代にはなるだろう。

 と言っても、体力的にも背負い袋の耐久力的にも数個が限界なのだが。

 俺は、鉱石を三個ほど背負い袋に押し込むと、ほのかに蛍色の光を放つ魔法の鍵束を取り出した。

 使い方は、すぐにわかった。

 鍵を手にすると、宝箱の上部にホログラムのような鍵穴が現れたのだ。

 鍵穴に魔法の鍵を差し込み、回す。


 ──かちり。


 小気味よい音と共に、蛍色の光が宝箱全体を覆った。

 光に手を伸ばすと、触れた感覚もないのに、それ以上進むことができない。

 不思議な感触だった。


「へえー……」


 思わず感心する。

 なるほど、これならば宝箱の占有権で揉めることも少ないだろう。

 冒険至上主義の世界なだけに、よく考えてあるものだ。


「──よッ、と」


 背負い袋を背負い直すと、あまりの重さに数歩たたらを踏んでしまった。

 たった三個であるにも関わらず、異様に重い。

 これ以上の探索は不可能と判断し、いったん竜とパイプ亭へと帰還することにした。

 さて、帰りは何時間かかるだろうか。

 背負い袋の肩紐があざにならないことを祈りながら、俺は元来た道を引き返して行った。



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