013 / 【命の危機に際し、工藤竜太の才能が開花する】
しばしして、三体の大コウモリが一斉にこちらへと向き直った。
そして、同時に翼を羽ばたかせ始める。
その行動を怪訝に思っていると、
──ピシッ!
足元の岩の表面が、軽く弾け飛んだ。
「な──」
次の瞬間、全身の各所に痛みが走る。
衣服の一部が破れ、そこから血液が滲み出す。
理解する。
たぶん、真空波とか、そういうたぐいの攻撃だ。
「そりゃないだろ、一方的にッ!」
慌ててきびすを返し、クリップボードを引っ掴んでは元来た道を駆け戻る。
その瞬間、
何かが、
俺の背中に叩き付けられた気がした。
無音であるにも関わらず、鼓膜が揺れ、三半規管が痺れる。
恐らく、音だ。
凄まじい音量の超音波が、あの大コウモリたちから放たれたのだろう。
だが、攻撃としては弱い。
やつらの意図を理解できぬまま、必死に駆ける。
「──はッ、はあ……ッ、はあ……!」
足場の悪い道を行く。
もともと俺は、運動の得意なほうではない。
ジョギングの速度ですら数キロほどしか持たないだろうに、全速力でこんな悪路を走らされては、すぐに体力が尽きてしまう。
脳へ酸素が回らず、意識がぼんやりしてきたころ、俺は立ち止まった。
「は……ッ、はあ……、はあ……」
さすがに、もう走れない。
やつらはまだ追ってきているだろうか。
背後を振り返った瞬間、
──俺は、見た。
百や二百では到底足りない、無数の大コウモリが、こちらへ向けて飛来するのを。
「あ──……」
これは、死んだ。
あの超音波は、仲間を呼ぶためのものだったのだろう。
工藤竜太の冒険は、これで終わってしまった。
そんなフレーズが脳裏をよぎる。
「──いや」
かぶりを振って、気を取り直す。
俺には、ある。
生き延びるための方法が、この手の内にある。
俺は、マッピング中の羊皮紙を挟んだクリップボードをその場に落とすと、新しい羊皮紙と羽根ペンを生成した。
羊皮紙に、こう書き殴る。
【命の危機に際し、工藤竜太の才能が開花する】
【これまで一切の魔法が使えなかった彼だが、その肉体に
【彼は、本来必須であるはずの詠唱すら破棄し、その洞窟を満たすほどの火炎魔法を、無数の大コウモリに向けて放った】
羽根ペンと羊皮紙を意識野に収納する。
魔法。
元の世界には存在しなかった、まったく未知の理論体系。
俺は、その一端を理解する。
ただ火炎を撒き散らす。
最大効率、最大威力でそれを行う方法が、パチパチと脳裏を駆け巡る。
──行ける。
俺は、魔法を扱える。
その確信と共に、俺は、こちらへ向かってくる無数の大コウモリたちに向け、咆哮した。
「焼け死ねおらアアアアアアアアアアアッ!」
その瞬間、
俺の中で、
"魔力"が弾けた。
これまで知覚できなかった、新たなる概念。
まるで精神における体力のようなそれが、一気に半分以上目減りするのが感覚でわかった。
目の前に、理不尽なほどの熱量が溢れる。
火炎と言うより、もはやそびえ立つ光熱の壁のようなそれが、虚穴に満ちては暴れ狂う。
悲鳴は聞こえなかった。
もっとも、上げていたとしても、俺の耳では聞き取ることはできなかっただろうけれど。
三十秒ほどして、ゆっくりと炎の壁が立ち消えていく。
消し飛んだのか、大コウモリたちの姿は一つもなかった。
あまりの高熱にガラス化した岩肌が、人工精霊の光を浴びてきらきらと輝く。
それが、美しかった。
「……は、……は、……はー……」
思わずその場に座り込む。
「あ……、ッぶ」
本当に危なかった。
俺に〈ゲームマスター〉の能力がなければ、今ごろはバラバラにされてやつらの胃の中だったろう。
もっとも、〈ゲームマスター〉があったからこそ、こんな目に遭ったとも言えるのだが。
背負い袋を下ろし、水袋から水をがぶ飲みする。
その後、放心するようにその場に寝転がった。
──疲れた。
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