012 / 初めてのエンカウント

 くねくねと先の見えない通路を抜けると、元の遺跡とはまったく異なる洞窟のような景色が広がっていた。

 石筍せきじゅんが立ち並び、今もどこからか水滴の垂れ落ちる音が聞こえてくる。


「……ダンジョンを作ったんじゃなくて、もともとあった場所にぶち当たったのか?」


 その可能性を考えてしまうほど、洞窟には歴史が感じられた。

 通路とは打って変わり、洞窟は広く、人工精霊の明かりでもすべては照らしきれない。

 俺は、なるべく壁沿いを歩くようにしながらマッピングを行った。

 自分をマッピングの天才にしておいて正解だ。

 意識せずともマップを埋められるのは、脳の処理能力を必要としないため非常にありがたい。

 俺は一人だ。

 マッピングに集中していては、周囲の警戒すら不可能だったろう。


「──…………」


 無言で洞窟を進む。

 体感で一時間ほど歩いたころ、初めて脇道を見つけた。


「入ってみるか」


 そう、ひとつ。

 この洞窟に入ってから、独り言が増えた。

 恐怖と不安からだろう。

 こんなとき、誰かと一緒だったら、これほど心強いことはない。

 だから人はパーティを組むのだろう。

 脇道に入った瞬間、


 ──ぎい。


 初めて、自分と水滴以外の音がした。

 高い天井を見上げる。

 人の背丈より上背のある大コウモリが、天井に隙間なくびっしりとぶら下がっていた。


「……ッ」


 思わず後退あとじさる。

 これは、無理だ。

 さすがに無理だ。

 そもそも、生理的に無理だ。

 この脇道は、通れない。

 そう判断してきびすを返そうとしたとき、大コウモリが数匹、ぼたぼたと地面に落下した。

 それを痛がる様子もなく、一斉に襲い掛かってくる。


「チッ!」


 慌てて来た道を戻る。

 あの数の大コウモリを相手にするのは、さすがに不可能だ。

 せめて分断しなければ。

 決して平らとは言えない岩場を走り抜け、脇道から距離を取る。

 十分に離れたところで、羊皮紙を挟んだクリップボードを適当に放り、腰にいた長剣を抜き放った。

 振り返った瞬間、鋭く伸びた大コウモリの足の爪が、顔の横の空間を切り裂いていく。


「あぶねッ!」


 大コウモリは、四体。

 まずは様子見とばかりに、三体は高い天井にぶら下がっている。

 好都合だ。

 まずは数を減らさなければなるまい。

 だが、地べたを這いずり回らなければならない俺とは違い、相手は空中を自在に舞うことができる。

 こちらから仕掛けることはできない。

 俺は、天井の三体を視界に収めながら、頭上を旋回する大コウモリの攻撃に備えた。

 二周。

 三周。

 四周──

 ぐるりと円を描いたところで、大コウモリが攻撃の予備動作に入る。

 そして、俺の背後から、血と肉を求めるように足の爪を振り下ろした。


「シッ!」


 その攻撃を長剣でいなし、そのまま大コウモリの股間から腹にかけてを深く薙ぐ。

 大コウモリが、くぐもった声を上げ、傷口から黒い飛沫を散らした。

 ありがとう、武具屋のおじさん。

 しっかりと手入れされていたおかげか、切れ味は抜群だ。

 こうなれば、一体目はもはや無力である。

 びくびくと地面でのたうち回る一体目を無視し、残りの三体の大コウモリへと視線を戻す。

 やつらはやつらなりに動揺しているようだった。

 単なる獲物と思っていた相手が、仲間を斬り伏せたのだ。

 当然かもしれない。


「来いよ、チキン野郎ども。いつまでも安全圏からこっちを見下ろしてんじゃねえ!」


 言葉の通じない相手に挑発は意味をなさない。

 だから、これは、自分を奮い立たせるための言葉だった。

 自分は強い。

 そう自分に思い込ませるための暗示だ。

 だが、三体の大コウモリは、こちらに仕掛けてこようとはしなかった。

 目の退化した顔を見合わせ、ぱくぱくと口を動かしている。

 声は聞こえない。

 恐らく、超音波でコミュニケーションを取っているのだろう。

 もっとも、可聴域で会話が行われたところで、やつらの言語を理解することはできないが。


「──おい、いい加減にしろ! さっさと下りて来い!」


 せめて会話を邪魔しようと大声を張り上げるが、無駄だ。

 広い洞窟に、俺の声が、うわんうわんと反響するばかりだった。



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