011 / 創られた未踏領域
「──…………」
しばし、思案する。
世界にどこまで干渉すべきなのか。
神の如き能力を得たからと言って、神になったつもりで何もかもを好きにしていいわけがない。
俺は、俺だからだ。
最高の冒険譚。
今回楽しませるべきは、PLではない。
神という名の読者だ。
俺は、PLを楽しませることだけを考えてきた。
チャットログだって、参加者以外が読めばひどいものだろう。
内輪が盛り上がればそれでいい。
セッションとは、そういうものだ。
「どうして俺なんだよ、もう……」
頭を抱える。
実を言えば、案はある。
"完全攻略されたダンジョン"という言葉を聞いてから、ずっと考えていたことだ。
アーネの顔が脳裏をよぎる。
このまま、暇を持て余しながら、余生を過ごすのでしょうね。
自嘲気味にそう微笑んでみせた彼女の言葉が、寂れた街並みが、潰れた店が、俺の心を掻き乱す。
嗚呼。
ここに人が戻ってくれば、皆もさぞ喜ぶのだろう。
「──…………」
俺は、クリップボードに新しい羊皮紙を挟み込むと、ペンを走らせた。
【ダンジョン第五層】
【もはや攻略を終え何もないと思われた壁に、工藤竜太はある仕掛けを発見する】
【それは、他の壁にもある装飾のタイルだ】
【その壁のタイルだけ、思いきり押し込むと、カチリと音が鳴るのだ】
【九枚のタイルを適当に押すうち、偶然か、あるいは必然か、ダンジョン内に轟音が鳴り響いた】
【そして、目の前の壁が左右に大きく開き、隠し通路が立ち現れたのだ】
【このダンジョンは、完全攻略などされてはいなかった】
【まだ未知の領域があったのだ】
【その広さを計り知ることは、彼にはできなかった】
【ただ、宝箱が一つ隠されているだけなのか】
【あるいは、どこまでも深く暗い新たなるダンジョンに繋がっているのか】
【それは、調査しなければわからないことだ】
「──こんなところか」
俺は、休憩を終えて立ち上がると、背中を預けていた壁のタイルに手のひらを押し当てた。
体重を掛け、思いきり押し込む。
──カチリ。
描写の通りに、タイルの奥で、何かの仕掛けが音を立てた。
九枚のタイルを適当な順番で押し込んでいくと、やがて、ダンジョン全体が轟音と共に揺れ始めた。
「わ、と……」
思った以上の大仕掛けになってしまったらしい。
天井の一部がパラパラと剥離し、降り注ぐ。
目の前の壁が開いていく。
姿を現したのは、一本の通路だった。
細く、長く、どこまでも続いているように思える。
俺は、この先を、未知であると描写した。
この通路の果てに何が待ち受けているのか、創り出した俺にすらわからない。
ダンジョンに未踏の領域が現れたことで、この街が復興するのかどうかもわからない。
俺にできるのは、このくらいだ。
なんでもかんでも好きなように介入すべきではない。
背負い袋を担ぎ直し、深呼吸をする。
この先が、本当の冒険だ。
手のひらの汗をジーンズで拭うと、俺は、隠し通路へと一歩を踏み出した。
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