010 / 【工藤竜太はマッピングの天才でもあった】

 小瓶を開き、人工精霊を解放する。

 人工精霊は俺を宿主と認識したのか、頭上をくるくると飛び回り始めた。

 思った以上に光量がある。

 視界に関しては問題なさそうだ。

 解放してすぐだからか、疲労している実感もなかった。

 青みがかった光を頼りに、ダンジョンを歩いて行く。

 外観通り、石造りの遺跡といった風情だ。

 冒険映画に出てくる巨大地下遺跡を彷彿とさせる光景に、すこしテンションが上がる。

 入口から数百メートルほど進んだころ、まっすぐに伸びていた一本道が、複雑に分岐し始めた。


「……しまったな」


 地図がないか、アーネに尋ねておくべきだった。

 冒険者はしたたかだ。

 密かに地図の売買が行われていたことは想像に難くない。


「地図……」


 そう、地図だ。

 地図が売り買いされていたとして、その地図は誰が描いた?

 左手に抱えていたクリップボードに視線を落とす。

 間違いない。

 吟遊詩人の仕事は、物語を目撃し、綴ることだけではない。

 無限に羊皮紙を生成・収納できる能力を利用し、マッピングも行っていたのだろう。

 そうと決まれば、やることは一つだ。

 俺は、羊皮紙にこう書き殴った。


【吟遊詩人である工藤竜太は、マッピングの天才でもあった】

【彼の起こす地図は正確無比であり、彼自身が特に気を払わずとも無意識のうちに描くことができた】


「──これでよし、と」


 剣の達人だの、マッピングの天才だの、自分を無闇にハイスペックにしていくのに抵抗はあるが、こればかりは仕方あるまい。

 迷えば普通に死にかねないのだ。

〈ゲームマスター〉があるからなんとでもなる──そう考えたくはなかった。

 最強無敵のキャラクターになって、雑魚にもボスにも等しく無双する。

 そんなセッションが、果たして面白いだろうか。

 そんなもん、すぐに飽きるに決まっている。

 なんでもTRPGに結びつけて考えるのは悪い癖だが、今回に限っては間違いではないはずだ。

 だからこそ、TRPGの創始者であるゲイリー・ガイギャックスは、ルールを定めたのだから。


 考え事をしながらダンジョンを歩く。

 俺の右手が、ほとんど無意識に、正確な地図を描いていく。

 三時間ほど探索して、ようやく一層目のマッピングが完了した。


「……思ったより大変だな」


 当然だが、見る宝箱見る宝箱すべて開いている。

 痕跡だけを残し、宝箱すら持ち去られていることもあった。

 おまけに魔物の一体とも遭遇しない。


「階段見つけたら、即下りでいいか」


 テレビゲームなどではマップをすべて埋めなければ気が済まない俺だが、それが現実となれば話は別だ。

 今まで無駄にマップ埋めをさせてきた主人公たちに謝りたい気分だった。


 途中で見つけていた階段を下り、二層目へと向かう。

 一層目と様相は変わらない。

 そのまま、三層、四層、五層と下っていったところで、さすがに休憩を取ることにした。


「──……はー」


 溜め息と共に愚痴が漏れる。


「なーんもわくわくしねえ……」


 ドキドキは多少するが、さすがに慣れてきた。


「完全攻略されたダンジョン、か。そりゃ街が寂れるわけだ」


 その場に腰を下ろし、壁に背を預ける。


「……ここらで魔物でも出してみるか?」


 もしこれがセッションで、俺がGMだったら、出す。

 PLと兼任しているのが複雑なところだが、これではさすがにつまらない。

 他のダンジョンへ挑む練習にも、正直ならないだろう。



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