015 / 冒険を終えて
ダンジョンの入口付近まで戻ると、太陽の光が見えてきた。
朝か夕方かはわからないが、わずかに赤みがかっている。
その光があまりに優しくて、俺は一瞬泣きそうになった。
嗚呼、生きている。
もしかすると、冒険者たちは、この一瞬の安堵感のためだけにダンジョンに潜っているのかもしれなかった。
外に出て、深呼吸をする。
ダンジョン内の湿った空気ではなく、爽やかで新鮮な大気が肺に染み渡った。
「はー……」
これは"最高の冒険譚"ではない。
だが、俺にとって大きな一歩には違いなかった。
さあ、帰ろう。
宿に戻るまでが冒険だ。
鉱石の重みで痛む肩を気にしながら、俺は、ダンジョンから程近い竜とパイプ亭へと帰り着いた。
玄関の扉を押し開く。
先日と同じように、アーネがカウンターで一人読書をしていた。
「ただいま」
アーネがこちらに気付く。
「お帰りなさい、リュータ。遅かったのですね」
「いろいろあってさ。ところで、今は朝? 夕方?」
「朝です。リュータがダンジョンに入った翌朝ですね」
「てことは、丸一日は経ってないってことか。随分長く潜ってた気がしたけど……」
「ダンジョンとはそういうものです。たとえ時計を持って入っても、容易に現在時刻を見失う。特に、リュータはソロですからね。見張りを立てて順番に眠ることもできませんから、仕方のないことかと」
「なるほど、そういうもんか。しかし、アーネは朝が早いんだな。まだ朝日が昇ったばかりだろ」
アーネが微笑む。
「普段は、もうすこし遅いですよ」
「……そっか」
理解する。
アーネは、俺の帰りを待っていてくれたのだろう。
知り合ったばかりでまだ友人とも呼べない関係だが、心配してくれたのだ。
その心遣いが嬉しかった。
「ところで、何層まで行きましたか? 下りるだけならば十層ほどは潜れる時間かと思いますが」
「ああ、五層までだよ」
「すこしのんびりしていたのですね」
「そういうわけでもないさ。五層で隠し通路を見つけた。その先を探索してたんだ」
「……へ?」
アーネが可愛らしい声を上げる。
「ま、待ってください。隠し通路? そんなものが、あのダンジョンにあったのですか?」
「ああ。あのダンジョンは、まだ完全攻略されてない。どこまで続いてるかはわからないけど」
「──…………」
呆然とした様子で、アーネがぽつりと口を開いた。
「……ログを、清書していただけませんか。私は、あなたの冒険が読みたい」
「喜んで」
ダンジョン内で休息を取ったおかげで、まだ眠気は訪れない。
俺は、酒場の一角に陣取ると、羊皮紙と羽根ペンを取り出した。
一度綴り、収納した文章は、自在に出力することができる。
かつてGMとして培った文章力を駆使し、俺は、今回の冒険を書き記し始めた。
初めてダンジョンへ挑み、感じた、新鮮な気持ち。
第五層で隠し通路を見つけ、その先の洞窟へと足を踏み入れたこと。
大コウモリとの死闘。
そして、宝箱から謎の鉱石を見つけ、持ち帰ったこと──
すべてを書き終えると、時刻は大きく昼を回っていた。
「アーネ、マスターに昼食頼んで」
「ええ、わかりました。清書はできましたか?」
「ああ。読んでほしい」
「是非」
アーネに羊皮紙の束を渡す。
奥に注文を通したあと、アーネは、じっくりと俺の冒険に目を通し始めた。
目の前で読まれるのは、少々気恥ずかしいものだ。
とは言え、今回の冒険はそれほど長くない。
ほんの五分ほどですべてを読み終えると、アーネは目蓋を閉じ、深く、長く、息を吐いた。
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