第10話 正樹のアウトロー体験談
「そんなの、誰でもそうよ。でも、玲奈は早めにそのことに気付いてよかったじゃない。風俗へ落された挙句の果て、シャブ漬けにされちゃった子だっているんだよ」
正樹が昔を思い出したように言った。
「俺がヤクザになりたての頃だった。俺はその当時、学歴のない未成年だから、武闘派ヤクザにスカウトされたが、それなりの修行を積んだんだぜ」
まゆかと玲奈が、口をそろえて驚いたように言った。
「なあにそれ? 一人前のヤクザになるためのテストでもあるの?」
「そうだよ。ヤクザは、親分の言うことは絶対なんだ。親分が白と言ったら、真黒なものでも白なんだ。白いカラスが飛ぶ世界なんだよ。
黒い筈のものが、白と認定され、それが世間にまかり通る特殊な世界。
そういった世界の中で、いかに組に忠誠を尽くすかがヤクザの心がけさ」
まあそれも今の世の中、通用しなくなってしまったが。
だいたい、ヤクザと関係があると発言した時点で、営業停止、商店にヤクザの襲名披露のプレゼントをしたいともちかけた時点ですでに恐喝罪が成立するという。
正樹は話を続けた。
「俺がヤクザになりたての頃だった。まず、拳銃と日本刀の使い方から教え込まれた。そして、組に忠誠を尽くすという意味から、修行を受けねばならなかった。
どんな修行か、聞いてみる気ある?」
まゆかと玲奈は、興味津々の表情で顔を見合わせた。まさにVシネマの世界が目の前に展開されている。いや、Vシネマ以上の冷徹な世界だ。
Vシネマというのは、しょせんは視聴者向けのフィクション。だから、人情味があるが、現実はまさに血も涙もない凍り付いた世界である。
「まあ、人生のなかで滅多にない機会だから聞いておこうかな。
でも、私は口外しないけどさ、兄さんはこんなことを言って大丈夫なの?
あとから、仕返しされて翌日、海に浮いてたなんてことになっても知らないわよ」
「今のところは大丈夫だよ。さて、修行の一番目、二十四時間中、土下座させられ、頭から氷水をかけられるが、声一つ上げではダメ。
二つ目、連絡事項は、何時何分何秒になると、電話をする。一秒でも遅れてはダメ。それを破った先輩は、拳銃と日本刀で襲われるが、それに加勢しなければならない」
なんだか、空気が凍り付いた。
周りはファーストフード店だけあって、家族連れや学生が紙コップのストローを立て、ハンバーガーをほおばっている。
しかし、このテーブルだけは、隔離された別世界である。
こういう世界が、世の中に存在していたのか。
じゃあ、私たちはなんという幸せ者だろう。
まあ、現在は暴対法の働きで、ヤクザと名乗っただけで警察沙汰になるという。
そういえば、以前玲奈は、エレベーターのマナーでヤクザまがいの男性に叱られたことがあった。
「エレベーターを待つ方の身にもなってみて。俺は自治会長だ。今度はエレベーターを使わせないようにするぞ」
と叱られたことがあった。
ずいぶん、弱気になったものだ。しかし自治会長とは、考えついたものである。
玲奈があきれたように言った。
「全く靖史のバカ、あいつもしょせん脅されてやったことね」
「そうだよ。やくざになれば、給料が貰えるとでも思ってるの?
自分で稼いで、組に上納金として納めなければならない。それができなければ、組に借金を背負ったという形になってしまう。
どういうふうにして稼ぐって? そりゃまあ、女が一番だな。前金をもらって風俗に売り飛ばせばすぐ百万単位になるよ。あと、覚醒剤やオレオレ詐欺など、要するに刑務所に入らねばならないようなことだよ」
一瞬、玲奈の表情がやさしくなった。
「ねえ、お兄さん、靖史を救い出す方法ってあるのでしょうかね?」
正樹は一瞬、考え込んだ。
「まあ、本人の堅い意志もあるが、それだけでは外部の妨害からは身を守れない。
守ってくださるのはイエス様だけさ」
またもや、まゆかと玲奈は顔を見合わせた。これで三度目である。
「なあに、イエス様ってキリスト教のこと? 私も小学校の頃、クリスマスに一度だけ教会に行ったことがあるわ」
まゆかに続いて、玲奈も発言した。
「そういえば、二昔前‘親分はイエス様’という映画があったわね。いわゆるアウトローがクリスチャンになるというストーリーだったけど、私も当時、ビデオで見たことあるわ。のちに、そういった人のうち四人は牧師、一人は亡くなったけど伝道師、一人は会社社長になったんだってね」
正樹が答えて言った。
「俺もそれと似たようなパターンさ。今、全国にヤクザ出身牧師は何人かいるよ。
俺は、牧師になるほどの使命感はないけれど、しかしこうやって伝道し、道を踏み外す人が一人でも減るようなはたらきをしていきたいんだ」
まゆかと玲奈は、ある種の感動がこみあげてきた。
たとえ、人生の道を踏み外しても、またやり直せるんだな、いくら世間から冷たい目でみられ、行き場がなく疎外されようと、イエス様とやらを信じていきていけば、新しい道は開かれてくるはずだ。
正樹が急に、思い出したように言った。
「そうだ。まゆかちゃん、この前、正宗と一緒に店に来てくれたよね。あのとき確か、きのこパスタを注文したけど、味はどうだった?
まゆかちゃん、粉チーズとタバスコをたっぷりかけてたよね」
「ん、普通においしかったわよ」
正樹は、少々困ったように言った。
「ふつうに美味しいだけじゃダメなんだよ。もう一度、ぜひ食べたいと言ってくれるリピーターが増えないことには、商売は成り立っていかないんだ」
まゆかは即座に答えた。
「そうね。欲をいえばきのこのうま味をもっとアピールした方が美味しいんじゃないかな。私がよく家で調理する方法だけど、火をとめる直前に、海苔と少量のガーリックスパイスとみりんとを振りかけて混ぜるの。生ニンニクだと匂いが残るけど、ガーリックスパイスだとソフトだし、みりんを入れると味がまろやかになるわ。
そして、火を止めてから酢と水を半分に混ぜたものを、三滴だけ混ぜるの。すると味がぐっと締まるわよ」
正樹は感心したように、聞いていた。
「いいこと、教えてくれてありがとう。そうだ。二人ともおなか空いてない。
さっそく、試作品として試してみるよ。感想きかせてくれないかな?」
「えっ、いいんですか? ラッキー、さあ行こう。玲奈」
三人は、足取りも軽くまるで新境地を目指してスキップするような感じで店を出た。
正樹の店に付いたのは、午後四時だった。
アイドルタイムの時間帯のせいか、客席はまばらで、食事よりもデザートを食べている客が多い。のんびりデートを楽しんでいるカップルもいる。
まゆかと玲奈は、カウンターに誘導された。
「さあ、これからまかないメニューをご馳走するよ。この二人の意見によって、まかない料理から本メニューに昇格するかもしれないんだよ」
正樹は自信満々の顔つきで、エプロンをつけキッチンに立った。
「いらっしゃいませ」
正樹のカウンター越しの声を無視したように、一人の中年女が入ってきて、玲奈の隣のカウンターに腰を下ろした。
なんだか、やつれたような表情である。髪はざんばら、サンダルは半分脱げかけてる。頬はやせこけているが、どこかで見た顔だ。
そうだ、玲奈のママと名乗ったみずきという中年女だ。
「玲奈だね。どこ行ってたんだ。心配したんだよ」
さすが親子だ。血縁のつながりにより、磁石に魅かれるように巡り合ったのだろう。
「私なら元気だよ。それより、ママこそどこ行ってたの?」
「あれから、いろいろ事情があってね。玲奈の身の安全を考えて、玲奈の前から姿を消したのさ。急にごめんね。びっくりしただろう。だって、朝起きたら誰もいなかったんだものね」
なに、またまた意味深な話である。まゆかは、思わず身を乗り出して聞いていたと同時に、以前ドキュメンタリー番組で見た話を思い出していた。
それは、ある女性が居酒屋を経営していたが、この不況で経営困難になり、暗い顔でカウンターに座っていると、一人の常連客が共同経営をしようという話を持ちかけてきた。
しかし、その条件として保証人になってくれないかというのだ。
絶対迷惑はかけない。これは、前金だといって、三十万を受け取った。
翌日、その女性は区役所で印鑑証明と実印を渡され、自筆で保証人の欄にフルネームでサインしてしまったが、その日の夜、強面の債権取立人と名乗る人物が五人押しかけてきて、債権額はなんと三億円、もちろん、払えるはずはないというと、女性の経営する居酒屋も取り上げ、なんとその女性を地方の風俗に売ったという。
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