第7話 玲奈は私の知らない世界へいってしまった

 ひょっとして、玲奈のバックには、男がついているのだろうか。

 あの内気だった玲奈が、随分大変身を遂げたものだ。

 その裏には、操っている男がいるに違いない。


「まゆか、電話よ。正宗って人から」

 ママの声がけたたましく響く。

「もしもしまゆかちゃん。今度美味しいイタリヤ料理の店、見つけたんだ。

 今度の日曜日、どうかな?」

「ん、いいわね。私、パスタ大好き。じゃあ、午後一時くらいがいいね」

 いつの間にか、正宗とデートの約束をとりつけている。

 男の子とデートするなんて、初めてだ。

 ドキドキ、ワクワク、何を着ていこうか、ちょっぴりアイメイクなどしていこうかな、どんな話をしたらいいんだろうな。

 舞い上がっているようなまゆかを背に、ママがちょっぴり心配気に見つめていた。


 そのとき、ドアフォンが鳴った。

 インターン越しに見ると、ジーンズにベージュ色のTシャツという地味ないでたちの中年女がいらいらしたような調子で立っていた。

「まゆかさんですね。私は柚木 玲奈の母親です。玲奈の行方を知りませんか?」

 いきなり、聞かれてびっくりした。

 昨日、玲奈に会ったが、母親は死んだと言っていた。

 じゃあ、あれは嘘? しかし、目の前の中年女は、玲奈と目鼻立ちがそっくりだ。

「えっ、じゃあ、玲奈さんは帰宅していないんですか。なんでも、通信制高校に通っていると聞いたけど」

「じゃあ、玲奈に会ったんですね。玲奈、今なにしてるんですか?」

 まゆかは、迷ったが正直に玲奈の発言を伝えるしかないと思った。

 こんなに、いらついて様子の女性を見るのは初めてである。子を思う母の愛がひしひしと感じられた。

 本当のことを言おうか?! でも言ったら、母親はどんな顔をするだろうか。

 しかし、警察で調べたらすぐわかる筈。じゃあ、この場で本当のことを言おうか。

「今からいう話、驚かないで聞いて下さいね。

 実は、昨日玲奈さんに会いました。キャバクラで働いていると言っていました。

 そして、母親は亡くなったと聞かされています」

 玲奈の母親と名乗る女性は、絶句したような驚愕の表情を浮かべた。

「あの子がキャバクラ? そんなバカな。それに私が死んだってどういうこと?

 あの子は急に何も言わずに出て行ってしまったんです」

 まゆかの想像だと女の子が急に変貌するのは、裏に男ーかなり手慣れた悪い女たらしがついているという危険性が強い。

 まゆかの知っている玲奈は、つきあい下手の人見知りな子だった。

 どんな女の子でも、水商売に入るには、うまくなっていけるだろうかという不安と度胸とある種のあきらめが必要である。

 玲奈の後ろには、誰かがついて糸を引いている。まゆかはそう確信した。


 ふと見ると、玲奈の母親の形相は変わり果てていた。

 真っ青になり、今にも卒倒しそうだ。

「どうしたんですか。大丈夫ですか」

 まゆかは声をかけ、ペットボトルのお茶を渡した。

「私が玲奈さんに関して知っているのは、それだけです。

 でも、もし今度玲奈さんと会ったら、こうしてお母さんがいらっしゃったことを報告していいですか?」

 玲奈の母親と名乗る女性は、切羽詰まった様子で訴えるように言った。

「私のことは、一応黙っといて下さい。それより、私は玲奈の様子を知りたいの。

 玲奈のことがわかったら、このケータイに連絡してちょうだい」

 そう言って、母親はまゆかにメモを渡した。

 そのとき、母親のポケットから名刺が落ちた。通常の名刺のように四隅が四角ではなく、丸まっていてカラーペンで「瑞樹(みずき)」と手書きされている。

 母親はあわてて、その名刺を拾ってポケットにしまった。

 玲奈が家出したことと、母親が自分の存在を黙っててくれと言ったこと、それらの一連のことが、この名刺となんらかの関連性がある。まゆかはそう、確信した。


 初めてのデートってこんな感じでいいのかな?

 まゆかは、鏡で何度も笑顔の練習をしている。薄いコンシーラに、薄めもピンクのリップクリーム。

「まゆか、どこへ行くの。そんな派手な格好をして。ママの娘じゃないみたい」

「ん、友人と会うだけよ。ママ、私もう十七歳だよ。もっと、私を信用してよ」

 ママは本当に心配性だ。きっと、私を血を分けた自分の分身だと思っているのかもしれない。ということは、玲奈のママは、分身であるはずの玲奈と引き離され、身を裂かれる思いをしているのかもしれない。

 正宗と待ち合わせの場所に行くため、玄関のドアを開けるとなんとそこには、切羽詰まったような表情の玲奈が立っていた。

「まゆか、お願い、一晩だけかくまって」

「えっいきなりどうしたの?!」

「わけは後で話すわ」

 まゆかは、なにがなんだかわからない。しかし、玲奈を助けたいと気持ちだけは、先行していた。

「私、これから出かけなければならないから、二時間たったら戻ってくる。

 そしたらまた来て」

 我ながら、お人よしだと思うが、切羽詰まったような蒼ざめた表情の玲奈を見捨てることはできなかった。


「悪いわ。遅れちゃった」

 息を切らしながら、走ってきたまゆかに

「いいよ。僕も今来たところだから」

 正宗は、気を使っているのかやや遠慮がちに言った。

 男なんて、優しいのは最初だけ。いいなりになっちゃダメよ。すぐつけ上っちゃうよ。特に誘われるがままラブホテルなんて行ったら最後、つけ上ってきて、金をせびられ、気がつけば男にヒモになりさがっていたなんてケースもあるんだよ。

 いや、もっとも厄介なのは人によっては、自慢のごとく言いふらす男だっているんだよ。昔、言われたママの言葉を思い出す。

 そういえば昔、アイドル女優がファンと関係をもったらそのときのベットイン写真を、写真週刊誌に一千万円で売られていたという。

 それ以来、そのアイドル女優はアイドルとして活躍できなくなり、また相手の男も

「恋人を売るなんて、男の風上にもおけない卑劣な最低野郎」と批判を浴びられた挙句、自殺をしたという。

 

 男にもてる方法、それは人形かアイドルの如く、常に身ぎれいにし、控えめな態度をとることだという。

 男って、常に新鮮さを求めるもの、すべてを見せたら飽きられるというのは、女にも同様のことがいえるのかもしれない。

 正宗に主導権を取られる形で、洒落たイタリア風カフェに入った。

「俺、ミートスパとアイス珈琲、ブラックでお願いします」

「私は、イタリアンスパとアイス珈琲、私もブラックでお願いします」

 正宗が、笑顔で言った。

「俺たちって、結構食べ物の好みも似てるね」

 まゆかも、笑顔になった。

 しかし、残してきた玲奈のことが気になって仕方がない。

「俺って、一応ナンバーワンホストだっただろう。だから、女の子から誤解されるんだ。言ってることはすべてとはいわないまでも、半分以上はつくり話、お涙頂戴の身の上不幸自慢の同情をひきだす話だとかね。

 またエッチのみが目的で女の子とつきあってるとか、バックにアウトローが控えてるとかね。だから、過去の俺のDVDを見せておこうと思うんだ。

 だって、まゆかは未成年だから、ホストクラブへ行けないし、マスメディアの情報しか知らないだろう。だから、過去の俺の姿を見た上で、付き合ってほしいんだ」

「わかった。家に帰ってからゆっくり見るわ」

 まゆかはそう言いながら、徐々に正宗の優しさに警戒心がほだされていく自分を感じていた。

 しかし、正宗と付き合っていることは、ママには内緒にしておこうと思った。


「結構いけるだろ。ここの料理」 

 正宗は、自慢げに言った。

「実はこの店、俺の兄貴がオーナーなんだ。開店して半年余りだけどね。デザートも甘さ控えめで美味しいよ」

「お兄さんって何歳くらい?」

「二十五歳だよ。あっ兄貴、紹介しとくね。まゆかちゃんっていうんだ。

 俺の大切な友達、よろしくね」


 

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