第6話 まゆかと正宗との絆
正宗は、面食らったように言った。
「俺なんて、男前じゃないよ。それに人間、顔じゃないよ、心だよ。
それに俺、ホストやってたせいか、女に気を使うの疲れちゃった。
だからさ、俺とつきあってというところまでいかなくても、俺のそばにいてほしいんだ。なんだかまゆかといてると、昔、親父がいた頃の自分に戻れそうな気がして。 半分は人助けのボランティアだと思って、ときどき俺と会ってくれないかな。なーんて、こんなムシのいい自己チュー丸出しのセリフ、一度口にしてみたかったんだ。
お前をワナにかけようとした俺が、こんなこと言うの非常識なのは重々承知の上だけど、それでもなぜかお前のそばにいたい。そうしないと、本当の自分を見失ってしまいそうな気がするんだ」
まゆかは、正宗をまじまじと見つめた。
「このセリフ、ホスト時代には想像もつかなかったマジなセリフだぜ」
正宗は、まるでお笑い芸人のギャグが受けたときのような、ひょうきんな表情を浮かべた。ちょっぴり照れくさく、恥ずかしさのなかに満足感を残した不可思議な表情だった。
まゆかは今、正宗との間に目に見えない磁石(マグネット)がつながったような気がした。
でも即答はできない。
「ん、私も正宗君とは離れたくない、なーんて一瞬本気にした?」
「わはは」
二人、顔を見合わせて笑った。
「当分の間、正宗君とは素の私をさらけ出すわけにはいかないし、本気で付き合えないかもしれない。でも、私専属のホストならまあOKよ」
「まゆか担当専属ホストか。悪くはないな。よーし、№1の技を見せてやる。俺にはまってからあがくなよ」
二人共、共通のお笑い番組を見たかのように、大笑いした。
大雨のなか、傘もささずに二人は並んで歩きだした。
まるで、現実という大雨を乗り越えそうな勢いだった。
初夏の生暖かい風を心地良いと感じ、夏服の用意をしていたら、来週は梅雨が続くという。
半袖だと少し肌寒いし、かえって長袖だと蒸し暑いし、中途半端な季節だと思う。
まゆかは、少々迷っていた。正宗から交際を申し込まれたが、果たしてどう付き合っていったらいいんだろう。
男の子に免疫のないまゆかは、どんなことをすると男の子が喜び、また反対に傷つくのかがわからない。
それに元ホストとはいえ、やはりまゆかも偏見を抱かないわけではなかった。
「おはよう、久しぶりじゃん、まゆか」
登校途中、急に地雷ファッションの女の子から声をかけられた。
同い年のわりにはハスキーな声、そしてばっちりのアイメイク、ラメ入りのシャイニーリップ、身体の線がくっきりと浮き立つTシャツに、ジーンズに銀色のピンヒール、一度だけテレビで見たことのなるキャバクラ嬢の風体である。
返答にとまどうまゆかに、向こうからなつかしそうに声をかけた。
「覚えてる? 私、中三のとき同級だった玲奈よ」
ええっ、あの内気でおとなしかった玲奈が。
同級生に話しかけられても、ろくに返答もできなかった玲奈が、今どうしてこんな格好をするようになったんだろう?!
「こんなところで、まゆかに会うとは思わなかったわ。私、通信制高校に通いながら、水商売の真似事をしているの」
「水商売って、ひょっとしてキャバクラ?」
「まあ、そういったところよ」
「めちゃ意外。だって私の知っている玲奈は、ほんと内気でクラスメートに何を言われてもじーっと沈黙を通してたものね。でも、玲奈ってカワイイから男子からは、声をかけられたりもしていたわね」
「まあね、だから、軽いいじめにもあってたわ。でももうそんなこといってられない事態なの。実はね、私、かあさんが亡くなっちゃったの。一人で生きていくしかないのよ。キャバクラを選んだのもお金の為、といっても、せいぜい通用するのは二十三歳までだけどね。だから今のうちに、ガッポリ稼いどかなきゃ」
まゆかは、憂慮した表情をあらわにした。
「まあ、たいていそういった事情のある人が多いのは事実だけどね。でも、私たち十七歳じゃん。見つかったらやばいよ」
「大丈夫。私は実は十八歳なの。家庭の事情で小学校の就学が一年遅れているからね。だからまゆかよりも、一歳年上なのよね」
「でも、玲奈にキャバクラなんて仕事、務まるの? おしゃべりが得意で男性をいい気分にさせないと務まらないし、女同志の闘いもすごいというわ」
「大丈夫。お酒も強くなったし、アフターや同伴出勤もひるむことなく、営業に励んでます」
まゆかは、どうも腑に落ちなかった。
アフターや同伴なんて、相手の男は食事目的というより、いわゆるH目的じゃないか。大人の誘惑に、玲奈がうまくかわせる術を心得てるとは思えない。
「玲奈って、結構大胆なんだね。私だったら、まあせいぜいコンビニかファーストフードくらいのバイトしか思いつかないな。一度、チャットレディ―に誘われたこともあるけど、あれは見つかれば詐欺罪ということで、警察沙汰になるんだよね」
玲奈は、きょとんとしたような顔で尋ねた。
「なあに、そのチャットレディ―って?」
「んもう、そんなことも知らないの? 恋人募集の偽サイトに、偽のメールを送ることよ。あなたとデートしたいとかね。そうすると、男はそれにひっかかり、そのサイトに莫大な金を払う。でも、もちろん相手の女性は偽物だから、会えるわけはなく、ただ金だけをとられる仕組みよ」
玲奈は、目を見開いて答えた。その表情がまるで童女のようにあどけない。
「へえ、そんなのがあるんだ。でも、ラクして儲かりそうね」
「でもこれも歩合制。相手のお客さんが金になればいいけど、金にならなかったら、売上は上がらない。それに、警察に見つかれば犯罪者扱いされかねないわ」
玲奈のあどけない表情を見て、まゆかはふと疑問に思った。
「おせっかい言うようだけど、キャバクラって話術が勝負。だからキャストはいつも、新聞三紙と日経新聞まで読んで勉強しているというわ。そんなことも知らなくて、お客さんの話題についていけるの? 心配だな」
玲奈はふと、陰のある表情をした。
「ところで玲奈、そのキャバクラの給料、何に使うの?」
「もちろん、生活費よ。どうして?」
「玲奈は今、一人暮らしなの?」
「さあ、それは内緒。あっ、もうこんな時間だ。遅刻したら罰金取られる羽目になるのよ。またね」
玲奈は、ピンヒールを履いたまま走り出した。
地味なベージュのパンツが、なんだかひどく刹那的だった。
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