第3話 予期せぬ出会いが私を変えた

 クラスメートで、唯一の個人的友人である由梨が声をかけてきた。

 個人的友人といえるのは由梨だけで、あとの子とは当たり障りのない話をするだけ。

 それがいちばんラクでいいよ。事なかれ主義といわれるかもしれないが、うっかり正義面して注意でもしようものなら、いじめの対象になりかねない。

 あと、クラス一丸の集団心理というのも、私は苦手である。 

 といっても、家庭環境も違い、多種多様化した時代には、昔の手作業の共同作業のような人間臭いふれあいはなくなりつつあるけどね。


 私は、昨日の一部始終を由梨に話した。ちょっぴり自慢する気もないではない。

 だって、ナンパされるなんて私にとっては、初めての体験だから。

「なんだか、ドラマみたいな出会いだね。まあ、私の見聞上、ちょっぴり作為的な匂いがしないでもないね」

 由梨は、繁華街でときどきナンパされるそうだ。

「まあ、私の体験ではね、ナンパのときは、大抵、今何時ですかって聞くの。

 これが自然なナンパ術なーんて」

「ねえ、由梨、ナンパに応じたことある?」

「実は、応じようと思ったら、なんと同じ高校の一学年下の後輩だったのね。

 それで俺、人気ある?なんて聞いてくるの。だから皆、年下には興味ないなって言ってやったわ」

 相変わらず、由梨は強気だ。一匹狼だから、私ともあうのかな。

「また、正宗君と会えるかな?」

「多分、正宗君の方から会いにくるような気がする。私の予感、結構当たるのよ。君は占い師じゃないのと言われたこともあるわ」

 私は、由梨の予感が的中することをひそかに願った。


「まゆか、あんたももう高校生なんだから、そろそろ家事は引き受けてちょうだい。それが、将来のためだよ」

「それはまあ、その通りだけど。でも今のうちに、マウス検定や簿記二級とか取得したいと思ってるの」

「資格勉強もいいけれどね、どうせ女は、あまり企業で認められることなんてないんだよ。なんといっても企業は男性中心。そんなことよりも、日常生活的なことをした方が身のためだよ。一人暮らしすることになるかもしれないし。

 これから夕食はまゆかに任せたよ。さあ、料理の本を買ってきたから、これで勉強しなさい。あっ、それとスライサーやピーラーなどよりも、包丁は使えるようになった方が身の為だよ」

 ママは基本料理の本を渡した。包丁の使い方やみじん切りなど、きり方の説明が写真付きで掲載されている。

 さっそく大根で試してみようかな。桂むきができるようになったら、料理の幅が増えそうだな。

 そんなことを考えながら、スーパーに行くための準備を始めた。

 ひょっとしてこの前の彼に会えるかな、そんな淡い期待をこめてドアを開けた。


 ふとビラが落ちている。派手なピンクとゴールドのけばけばしさが目立つビラ。

「本日オープン、マウス検定教えます。目指せワード、エクセル、女性は本日から一週間無料、ネット喫茶アクセス」

 その文字の後ろには、若い男女の笑顔が映っている。 

 あっ、正宗君だ。確かに彼、男前だからなあ。

 早速行ってみよう。まゆかは、早めに買い物を済ませた。


 料理本を片手に、四苦八苦して八宝菜をつくった。

 白菜を火が通りやすいように、そぎ切りにし、隠し味に土生姜をいれたのがよかったのかな。家族にも好評である。

 ふと報道番組にチャンネルを合わせた。

「着ぐるみを着た男性に連れられて、高校生でしょうか。制服姿の三人の少女が読書ネットカフェに入りました。繁華街の古びた雑居ビルの地下一階、めだたないところにあります。未成年者コースに入場した女の子が、一心不乱に漫画を読んでいますが、床には隠しカメラが設置されてあり、ついたてで仕切られた別室からは、パソコンの画面を通じて下着が見えるようになっているのです。

 女の子には番号がつけられ、ついたての向こうの男は、女の子を品定めして、値段をつけています。

 この子はカラオケぐらいしかムリだろうから三千円、この子はキスくらい許してくれそうだから五千円、この子はホテルまでいけそうだから一万円コースなどといって帰りにはその女の子を指名し、交通費という名目で金を渡すのです」

 さらにキャスターの報道が続く。

「要するに、これはカフェの名を借りた援助交際の場ではないでしょうか。

 早速オーナーにお聞きしてみました」

「いや、私たちは出会いの場を提供するだけであり、いわゆる風俗のような管理売春ではないんです。出会ったあとの人が、男女問わず何をしようと私どもは一切関知しません」

 キャスターがたたみかけた。

「法律すれすれのところで、未成年者を使って援助交際の場が白昼堂々と行われているのは、いかがわしいことです」

 こわいなー。まゆかは、都会の恐ろしさを垣間見たような気がした。

 そういえば、あのけばけばしいビラのパソコン喫茶アクセスというのも、その類のものなのだろうか。とすると、正宗もそれと関与しているのだろうか。

 まゆかは、怖いもの見たさにパソコン喫茶アクセスに行ってみることにした。


 黒いミニスカートに、赤いTシャツ、雑誌で研究した地雷系ギャルのマスカラばっちりのアイメイク、これで都会の地雷系ギャルに見えるかな。

 少しスキのありそうな、チャラガールを演じ、男性が声をかけるスキを準備しておいた。


 繁華街を歩くと、いろんな人が雑多に入り交じっているが、さすがに地元の商店街の如く高齢者は少ない。

 ティッシュ配り、一人でアカペラで自作の曲らしい歌を大声で歌っている若者。

 なかには牧師風の十字架のガウンを着て「皆さん、あなたは一人ぼっちじゃないよ。神に愛されてるよ」などと、一人で演説をする勇気あるおじさん。

 たまに行くと刺激的だが、一年ごとに代わっていく店舗もあり、目まぐる感じる。

 アッ、見つかった。パソコン喫茶アクセスだ。

 さっそく入ってみる。正宗会いたさとはいえ、我ながら勇気ある行動だと感心する。恋の力ってすごいな。

「いらっしゃいませ。パソコンは初めてですか」

 本当はワード初級、エクセル上級を取得しているが、はいと答えた。

「さっそく、ワード初級コースに入ります。あっ入会金無料ですが、一時間500円頂きます。インストラクターをお呼びします」

 黒のスーツに白いシャツ、まるで新人ホストである。ただ違うのは、黄色い名札をつけているところである。

 あっ、正宗だ。

「いらっしゃいませ。初回の方ですね」

 正宗は私に気付いていないのだろうか。空席に案内する。

「ねえ、私まゆか。ほらベーカリーで会った」

「わかってるよ。でも、どうしてこんなところに」

 吉宗は、指を唇にあててシーッと沈黙のポーズをとった。

「こんなところ? じゃ、ここは理由(わけ)ありのヤバいところなの?」

「シッ、そんなこと、ここでする会話じゃないだろう。これ、俺の名刺渡すからさ、さあ、授業始めようか」

 あっ、このテキストと問題集持ってるわ。正宗は、すでにまゆかが勉強済みのテキストを取り出した。

 正宗に三十分間、もう既に取得したワードの個人授業を受けたあと、正宗から名刺のケータイに連絡してと耳打ちされた。なんだか、秘密の匂いがした。

 



 


 

 


 


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