第2話 冬のほとりにて

 季節は晩秋であった。世の中はクリスマスなどと浮かれている。本当なら健一君を家に招待してパーティーを開きたい気分である。タイムスリップする前のクリスマスはパーティーを開いても途中からお通夜の様になってしまった。

今回はその反省から喫茶店で食事をするだけにした。


 しかし、健一君は元気がない。


「俺に隠している事ないか?」


 そう、病気の事を今回は隠している。わたしは一度死んで気がついたのだ。日に日に衰えていく体は健一君を苦しめるだけであった。必死でわたしを支えようとする健一君を見るのが辛かったのである。


「うん?何の事?」


 わたしは色んな気持ちを抑えてとぼけると。


「俺は真面目に佐知の事を心配している。話せない事情くらい感じている」


 ……。


 黙り込むわたしに健一君は手を握ってくる。あぁ、健一君の胸に飛び込みたい。わたしは泣きながら「気のせいよ」と言う。


「そうか、それが答えなのだな」


 更に黙り込むと。テーブルの上で繋がった手のひらは健一君の温もりを感じていた。喫茶店の店内に流れる曲はクリスマス一色であった。


  ***


 寒さを増す、冬の日にはコーヒーが美味しい。今日は学校を休んでしまった。前日に寝込んでしまい、大事を取ったのだ。両親はすっかりしょげてしまい。から元気であった。


 わたしは前回に死んだ日の事を思い出していた。


 あれは良くない……。


 涙が枯れると言うのはあの事だろう。その時も付き合っていた、健一君の姿はなく。葬儀は終わった後でわかった事だが、大きな河川の橋の下に独りでいたらしい。


  ***


 わたしは目を閉じると橋のコンクリート殴る健一君の姿が浮かんだ。拳は血だらけであった。


 ホント不器用ね、それが愛情表現なんて。もはや、パラレルワールドになっている。それは、わたしが死した世界の話だ。そう、現実だけど現実でない不思議な話だ。何故かと言うとドナーが見つかりそうなのだ。と、言っても、前回はわたしの方が間に合わなかった。


 ただ一度きりのタイムスリップだ。この物語の始まりの時……一周忌での二者択一の問いに確かに聞こえた『タイムスリップは一度きり』の言葉は鮮明に覚えている。


「冷えるわよ、暖房の温度を上げなさい」


 リビングでわたしの死んだ日の回想をしていると。母親が声をかける。


「えぇ」


 わたしはエアコンの温度を上げる。それから、ソファーに横になると。

その後の記憶はよく覚えていない。気がつくと毛布をかけられていた。


 どうやら、寝てしまったらしい。わたしは頭をポリポリかきながら、自室に向かう。机の上にある携帯を手にすると。健一君からメッセージが届いている。わたしは日常会話の様なメッセージ交換をすると。今日が終わりに近づく。


***


 わたしは中学生の時にバスケットボールをしていた。その運動神経の無さから諦めて高校での部活は短歌書道部に入った。短歌書道部は自分で詠んだ短歌を書道で書くのである。この独特な部活は楽しいものであった。しかし、放課後に病院に行く機会が増えて幽霊部員になってしまった。その後は早退する事も増えて担任に呼び出されてしまった。


「両親から電話をもらっている、何かの病気らしいな」

「はい……」


 わたしの困った表情に担任はこれ以上の追求は不憫に思ったのか簡単に開放された。


  ***


 その日の下校中に健一君が寄ってくる。


「一緒に海に行かないか?」


 冬晴れの寒い日の事である。わたしが首を傾げると。


「お前の夏を予約したい」


 そうか……前回は夏まで持たなかった。健一君もわたしの死を感じているのね……。わたしは笑顔でOKをだすと健一君の顔もほころんだ。それは愛する事の意味を教えてくれた。二人で一緒に歩くと肩が触れ合う。頬を赤らめるわたしに健一君は手を握ってくる。


『いきたい』


 わたしがポツリと呟くと。


「え?海にか?」


 健一君の問いに……。少し悩んでから「夏の海に行きたいよね」と返す。


 そう、生きて行きたいのであった。

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