スキュラ戦
──スキュラ。六つの竜の首を持ち、十二のタコの足を持つ怪物である。
弱点は首と足の付け根にある心臓だが、十二の眼と十二の足を掻い潜るのは至難の業である。
「む! 私の後ろに‼」
初っ端から予備動作もなく、スキュラが凍れる息を吐き出した。
「『
アズは一息で三つの
魔法職を守るべく飛び出したマリオンに『
六つの首から吐き出されたブレスに対して、マリオンの丸盾は余りに心許ない。
だが彼女は一瞬の躊躇も見せずパーティーの盾になった。左手に握る
「ぐうぅぅぅぅぅぅっ‼」
身を切るような寒波と衝撃がマリオンを襲った。だが彼女は歯を食いしばり一歩も引かない。如何に耐性に優れた騎士とはいえ、これほどの吹雪に身を晒せばたちまち凍えてしまうものだが、アズの
そんな彼女の背後から紫電が奔る。ミルドレッドの放った『
自身が可能である以上の集中を発揮しているミルドレッドの体感時間は、牛歩の如くゆっくりとしたものだった。
吹雪の向こう、巨大な影にしか見えないスキュラの、六つある首を貫かんと放った雷は、はたして反射的に防ごうとしたスキュラの足を焼き貫いたものの威力を減じ、首を吹き飛ばすまでには至らない。
「GyAaaaoo!?」
ただの贄だと思っていた生物に手痛い反撃を喰らい、スキュラが身を捩る。
ブレスが途切れた瞬間、小さい影が飛び出した。全身に
スキュラの、無傷の足がブレアを叩き潰さんと出鱈目に振るわれた。
その無軌道な暴力を、ブレアは曲芸師も斯くやという動きで潜り抜ける。
掠るだけでも致命の一撃だというのに、ブレアの顔は恐怖ではなく喜色に歪んでいた。
(身体が軽い! これなら──‼)
ちらと背後を見る。
マリオンのダメージは相当なものなのだろう。その動きは精細を欠いている。
そんな状態でありながら襲い来るタコ足を剣で、盾で捌き続けられているのは偏に彼女の技量の高さが為せるものだ。
マリオンの負担を軽くするべく、ブレアはスキュラの周囲を跳び回る。肉薄をはたしたブレアは多節棍を振るい、スキュラの頭の一つをしこたまに打ち付けた。
堅い鱗に覆われており、ダメージこそ通りそうもないが少しでもこちらに気を向かせようとの行為だった。
しかし──ブレアの期待は裏切られる。良い意味で、だ。
「『
「えっ⁉」
アズの叫びが響くと同時、多節棍の振り下ろしブレアですら驚くべき威力を発揮した。
なんとスキュラの鱗を砕いたのだ。
「GuAAAaaaaaaooooo⁉」
怒りか痛みか、スキュラが咆哮を上げた。
そして残りの五つの首が一斉にブレアに向くと吹雪を吐──かなかった。
大口を開けたスキュラの頭に、青い光が炸裂したからだ。
「GyAo⁉」
「うわははは! 脳味噌は一つか蛇ヤロウ⁉」
果たしてミルドレッドの嘲りを理解する頭脳があるかは不明である。だがスキュラの十二の眼がミルドレッドに向けられた。
「僕を忘れてもらっちゃっ困りますよ!
ブレアは凄まじい勢いでスキュラの首を駆け上がり、頭の付け根にある逆鱗に必殺の一撃を叩き込んだ。
生命の源たる
──自分の周りを鬱陶しく跳び回る餓鬼。
──チクチクといやらしく飛び道具を使う女。
この時、スキュラの十に減った眼は二匹の獲物しか見えていなかった。
スキュラの意識から自分たちが完全に外れた事を察し、瞬間アズが叫ぶ。
「マリオンさんっ、『
「っ!」
二つの
弾丸──いや、雷光の如き速度で目指すのは只一つ。首と足の付け根にあるという心臓である。
「はああぁぁぁぁぁぁっ‼」
剣を担ぎ雄叫びを上げ、マリオンは仲間の期待を背負って駆けた。
自分に匹敵するほどの巨大な
だが──。
「ハ! 遅ぇなぁ⁉」
ミルドレッドの放った風の刃がタコ足を斬り落とした。
ならばとブレスを吐こうとするも──。
「させません!」
ブレアがその小さな身体で、スキュラの頭を蹴り飛ばした。
己の生命の終焉が近付くのを感じ、スキュラはなりふり構わず残る首を、足をマリオンへと差し向ける。
怪物の必死の猛攻は、遂にブレアとミルドレッドの援護を抜けた。
「マリオンさんっ⁉」
「マリオン‼」
視界全てを覆うほどの巨大な足、その致命の一撃がマリオンに迫る。
彼女にはブレアの様な身軽さはない。そして受け止める為の盾は、強烈な冷気に晒されたことで脆くなってしまっている。
だかマリオンには確信があった。この攻撃は決して、自分の命を脅かすものではないと。
故にマリオンは止まらない。一切足を緩めない。
どころか更に速度を上げ、輝くブロンドが尾を引く姿はまさしく稲妻だった。
スキュラに表情筋があれば、口角を厭らしく吊り上げていたことだろう。
だが、そうはならない。ならないのだ
衝突の寸前、一人の男の叫びが響いた。
「
今にも砕け散りそうな盾から、有り得ざる硬質の音が響くとスキュラの足を弾いた。
己が勝利を確信していたスキュラに、動揺から一瞬の空白が生まれる。
瞬きであった。
刹那であった。
──しかし致命的なスキであった。
「ファルメル流奥義!
──ファルメル家を貴族足らしめる武功。マリオンのかつての父祖が成し得た偉業を齎した必殺。
──即ち
「……ふん。
大層な名前の割りに、その正体は言ってしまえばただの突きだ。
但し、全身と全霊を賭けた、音すらも置き去りにする一突きであるが。
スキュラの胴体には穴が開いていた。大穴だ。とても六つの首と十二の足を繋ぎ止めることなど不可能なほどの大穴が。
「──」
そして断末魔をあげることすらなく、怪物は自らの血の沼に沈んだ。
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