パーティー
──運が良かった。
冒険者が尤も怠るべきではない事に事前の準備がある。
クエストを吟味し、やれこの魔物をどう倒す、移動に何日掛かるか、物資はどれだけ必要か。魔物を倒すことよりも、そこまでの道中を如何にするかと考えることこそ、出来る冒険者の条件だ。
四〇層とは、途中の溶岩階層と豪雪階層を切り抜けてようやく辿り着ける階層である。
無論、道中は険しい自然ばかりか数多の魔物と遭遇し、消耗を強いられるだろう。
その点アズ達は、ほとんど万全な状態で四〇層にまで来ていた。消耗も、あるとするなら精々が体力を少し使っていたぐらいだろう。
そして此度のスキュラ戦、ブレアの活躍が非常に大きかった。
六の首、十二の足を釘付けに、八面六臂の働きが出来る者がどれだけ居ようか?
おかげで他の面子への圧力は弱まり、マリオンが心臓を穿つことに成功したのだ。
兎も角として、アズらは危機を切り抜けた。
今、彼らの目の前には金貨の詰まった袋が置いてあった。
「うわぁ、すごいっ! これ幾らあるんですか?」
「うん。全部で金貨が四八〇と、白金貨が三枚だね」
「白金──ッ!? ……あ、アズ。み、見せてもらってもいいか?」
「はい、どうぞ」
クエストを成功したパーティーは、その成果でギルド併設の酒場で盛り上がるのが一般的である。
アズたちもご多分に漏れず、換金を済ませると酒場の席に着いた。
「あ、おねーさん? とりあえず生四つね」
席に着くと誰からの了承も得ていないのに、ミルドレッドが酒を人数分頼んでいた。
「こ、これが白金貨か……。初めて見たぞ……」
ブレアが革袋いっぱいの金貨に夢中になっている一方、マリオンはアズから白金貨を震える手で受け取り、大切に取り扱った。
「アズさん? 白金貨って?」
「うん。白金貨は一枚で金貨千枚の価値があるからね」
「千っ!? え、じゃぁこれ三枚で実質金貨三〇〇〇枚ってことですか!? ほへー」
ブレアが驚きに大きな声をあげると、周囲の冒険者が俄にざわめく。
彼らもまた、白金貨など拝んだ事がない。一目だけでも見ようとアズらのテーブルに寄ってくるも、ミルドレッドがすげなく追い返した。
「ええい! 凡愚どもが、
一目だけでも、とすがる冒険者を容赦なく蹴り返すミルドレッド。
「……どうすんだアズ、こんな大金」
「そりゃ銀行に預けるけど。持ち歩いてたらいつ襲われるか分からないからね」
襲われる、と聞いてマリオンの眉が怪訝に歪んだ。この場合は当然
魔物にではなく人間にという意味だ。
その前に、と前置きを入れてアズは三人の前に白金貨を置いた。
「分け前を決めようか。まぁ、ここはキリよく皆には白金貨一枚。俺が端数の金貨を──」
「──待て。それではあまりに不公平ではないか」
「そ、そうですよぉ! アズさんの取り分だけ少ないじゃないですかっ」
抗議の声をあげたのは、得をしているマリオンとブレアだ。ミルドレッドはいそいそと懐に白金貨をしまい終えている。
「ここは当然、四等分ではないのか?」
「ですです」
マリオンとブレアの目線がミルドレッドの懐に注がれる。彼は渋々、白金貨をテーブルの上に戻した。
「いや、でも、ほら。俺は安全な後方で支援していただけだからさ」
「だけだと? お前の
「そうですよっ! 評価はきちんとしないと!」
「うっ」
美人の怒った顔とは、どうしてこう迫力があるのだろう?
「いいじゃねぇか四等分で。公平にいこうぜ公平に」
ミルドレッドが届いた酒に口を付けながら言う。その顔は既に若干赤らんでおり、公平などといの一番に白金貨へ手を付けてよく言うものだ。
「公平だって言うんなら、やっぱりきちんと活躍も考慮に入れてだな──」
「ならば私は尚のこと受け取れんな。そもそも私のミスで命を落とし掛けたのだ」
「僕もヤです。アズさんだけ損をするなんて」
「そういうとこ、お前の悪い癖だぜ? 自分が犠牲になりゃ丸く収まると思ってやがる」
「うぅ……」
三人に詰られ、アズが小さく丸まった。リーダーなのに。
ここでアズが「はい」と頷けば万事丸く収まるのだ。だのに厄介にもアズの頑固さが発揮される。
「いや、だとしてもだ。マリオンさんがミスを犯したのも、経験者である俺がもっと注意していれば防げた筈なんだ。だから──」
マリオンとブレアの眉が跳ねる。
二人の口から言葉が紡がれる寸前、ダンと、勢いよくジョッキがテーブルに叩きつけられた。
「だああぁぁぁクッソ面倒くせぇなぁお前は! じゃぁいいじゃねぇか!? 今回みたいな事故で得た報酬はパーティーの共有財産で‼」
「共有財産、ですか?」
聞いたことのない言葉に、ブレアが不思議そうに小首を傾げる。
「そ。誰のもんでもない、パーティー全員が自由に使える金ってことよ」
「……ならミルドレッドだけは別に払っておいた方がいいな」
「仲間はずれは止めろよぉ!?」
「くっ!? 酒臭い顔を近づけるな!」
大分出来上がっているのか、ミルドレッドが涙しながらマリオンに絡みついた。鬱陶しそうに振り払うマリオン。
「アズ、私はそれでいいと思う。所詮はあぶく銭だ。いかな大金とはいえ、いやだからこそ杜撰なぐらいが丁度いいと思う」
「僕もそれでいいです。正直、こんな沢山貰っても困りますし……」
「うんうん。安心しろって。俺が大切に使ってやるから」
そう口々にする、得難き仲間の面々。
「皆……。そうか、ごめん。皆の気持ちも考えずに俺の考えを押し付けて。それとミリー? お前には別の口座を作ってやるから」
「何で俺だけ!? 仲間だろぉ、うわん!?」
ミルドレッドは今度はアズにしなだれ掛かる。
むにゅんと、本来の彼には付いていない筈の柔らかな双丘がアズに押し付けられた。
「うわっ!? は、離れてくれミリー‼」
「やめろよーやめろよー! 何で俺だけ仲間はずれなんだよぉ!?」
「……こいつ酒癖悪いな」
「はい。ミルドレッドさんは良い反面教師です」
反面にされているのは、良いと言っていいのかはたして。
無理矢理引き剥がすとミルドレッドの柔らかな部分を触ってしまいそうで、アズが手を拱いているとマリオンが二人を引き剥がした。その顔は実に面白く無さそうだ。
「うぅ、仲間だろぉ? 仲間だろぉ……」
「分かった、悪かったよミリー。お前の金もきっちり管理するから」
「……そうか? そうかそうか! うわははは‼ やっぱり持つべきは親友だなっ」
泣き上戸が今度は笑い上戸になった。ウザさは変わらないなとマリオンは眉を潜める。
そしてアズ、同意したと見せ掛けてちゃっかり別口で管理したままである。
「くふふ! それじゃぁ俺たちパーティーの──」
前触れもなく立ち上がったミルドレッド。
ジョッキを掲げて音頭を取ろうとした所で動きが止まった。
「なぁアズ? このパーティーって、なんて名前なんだ?」
──パーティー名。それは冒険者の誰もが夢見る一攫千金を成し遂げた際、世の人々の口から発せられる非常に大事な名前だ。
「いや、まだ決まってないけど」
「ほーん。じゃぁ天才と凡人で」
「却下だ。……アズマリとか、どうだ?」
ガタッと、酒場の一部が激しく動揺している。「やはりアズマリ!」とか声が聞こえるが無視。
「それじゃぁ二人だけじゃないですか。せめてアズブレマリミルにして下さいよぉ」
「……ブレア、何故マリとブレを逆にしたのだ?」
「え。……さ、さぁ? たまたまですよ、たまたま」
全員の名前の頭二つを取ったのだろうが、長い上に意味が分からない。せめて一文字にするとか。アマブミとか。いや無いな。
そして「ショタのたまたま頂きました!」とかそこうるさい。
「……
アズがぽつりと呟く。
東方の御伽噺。とある神様に、現世を救うべく白羽の矢を立てられた男が、三人の仲間を得て救世を目指す物語。その神様の名前だ。
「いいんじゃないか?」
「はい。とってもアズさんらしいです」
「ま、リーダー様の言う通りに」
そう言って、誰に言われるでもなく三人はジョッキを手に取った。
遅れてアズもジョッキを手を取り掲げる。
「じゃぁ
「乾杯!」
「乾杯です!」
「乾杯~! ごくごくっ」
四つのジョッキが、陽気な声と共にテーブルの中心で交差した。
物語は始まったばかりである。
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