不安

 迷宮ダンジョン──。

 それは世界の始まりと共にあり、神の祝福とも悪魔の罠とも諸説ある。

 何故にこうも真反対の評価がなされているのか、偏に迷宮ダンジョンの持つ性質にある。

 迷宮ダンジョンとはダンジョンコアからなる異世界であり、無限の資源が採取可能な森であり山であり、また鉱床であり海でもあるのだ。

 一方、迷宮ダンジョンは魔物をも無限に生み出す。定期的に間引かなければ、収まりきらなくなった魔物が溢れ周囲に甚大な被害を齎すのだ。俗に言う魔波スタンピードである。

 そういう訳で人の管理が行き届いていれば、迷宮ダンジョンは無限の恵みを齎してくれるものの、一度人の手が離れてしまえば無限の厄災にも変じるのだ。


 さてミルドレッドを迎えて三日、入念な準備を終えてアズ達は遂に迷宮攻略ダンジョンアタックに挑む。

 アズとミルドレッドからなる二名のCランク冒険者と、マリオンとブレアによるDランク冒険者二名の、計四名での攻略である。

 そう。つい先日、ブレアも無事にDランクへの昇進を果たしたのだ。脱初心者と言って良いだろう。

 というかマリオンもブレアも、実力だけならBランクに匹敵するのだ。この面子で迷宮ダンジョンに潜るのが尚早だとは思わない。

 アズとミルドレッドなどはエドガーパーティーの元、散々潜ったものだ。

 問題があるとするなら──。

(連携、かなぁ……)

 ブレアがランク昇進を果たした夜。

 昇進祝いと、二人の初迷宮攻略ダンジョンアタックの前祝いと称してちょっとした宴を開いた。

 皆の仲が少しでも深まればという思いもあった。

 意外にもブレアとミルドレッドの相性は悪くなかった。

 蓮天道のことをあーだこーだと聞くミルドレッドに、生まれ故郷を話すのが嬉しいのかにこやかに応じるブレア。

 そもミルドレッドはクズに若干足を──半分ほど足を──……半身ほどどっぷりと浸かっている身ではあるが悪人ではない。他人への配慮に欠け口調も粗暴だが、天下の魔術学院に在籍し卒業までした過去を持つ。根は真面目だ。

 知っての通りブレアは基本、誰に対しても丁寧に接する。修行漬けの日々のせいで情緒が育ちきっていないものの好奇心と知識欲の塊で、その点ミルドレッドの持つ知識は少女の欲を満たし、刺激した。

「えぇー⁉ チャクラと魔力って源流を同じくしているんですか⁉」

「おう。まー俺の研究成果で世間様は認めてくれちゃいないがな? お前さんらが言うチャクラも、俺たち魔法使いが使う魔力も更に元を辿れば同じ根源に辿り着く。俺はこれを霊子と名付けた」

「ふんふん」

「んで、だ。人間は知らず霊子を生成し、無駄に垂れ流している。その霊子を人間の扱える力に変換したものが、チャクラと魔力だ」

「ほへー」

 アズも散々聞かされた内容だ。耳にタコが出来てしまったアズでは、ああも素直に感嘆を表せない。ミルドレッドは気を良くして、酒を煽り口の滑りの調子を良くする。

「チビっ子が使ってるチャクラは、言い換えれば生命力だな。チャクラという燃料を過剰に注いで身体強化を成しているのさ。対して魔力ってのは、この世界のルールに干渉する力だ」

「わっわっわ⁉」

 そう言ってミルドレッドは指を四つ立てて見せた。

 それぞれの先端に、火が灯り水滴が浮かび、風が纏い土塊つちくれが形成される。

 魔術学院卒業生であれば四大属性全てを使えるのは珍しくもない。だが、四大属性を同時に行使する人間は、ミルドレッド以外にアズは知らない。

「うわぁ! これが魔法なんですね! 初めて見ましたっ」

「ふふん。そうだろそうだろ。よし、俺の肉をやるから肉を食え肉を。オトコってのはまずデカくて固くなきゃ話になんねぇぞ?」

「えぇ……? 僕お野菜の方が好きなんですけど……」

 素直な称賛にミルドレッドが胸を張る。ぶるんと、大きな胸が揺れた。

「珍しいなミリー? お前が肉を譲るなんて」

「あぁ、アズ。……いやな、このカラダになってからってもの、脂っこいもんが受け付けなくてよ」

「……関心して損したよ。ほらブレア、そんな貰っても食べきれないだろ? 俺が半分食べてやるから」

「うぅ、お願いしますアズさぁん」

 二人前の肉で山盛りに成ったブレアの皿を受け取り、幾つかの肉を受け持つ。幸いこの程度の肉なら余裕で入る。

 そう、この二人は問題ないのだ。問題は──。

「ふん、霊子だと? 聞いたこともないな。与太じゃないのか?」

「あぁ?」

 ……マリオンとミルドレッドだった。

 まず出会いの印象が最悪であった二人。その印象は書き換わることなく、どころか亀裂は深まる一方であった。

 正に水と油と言った様子で二人が顔を会わせると、その度に言い合っているイメージしかない。

「は、耳か? それとも頭が悪いのか? まだ研究段階で世間に発表されてないっつっただろ。一度医者にでも診てもらったほうがいいんじゃねぇの?」

「認められないのがそも貴様の妄言だからではないのか? 貴様こそ、一度医者に掛かると良い」

「あぁ?」

「ストップストーップ‼ 今日はブレアの昇進祝いなんだからさ、こんな日までいがみ合うのは止そう、な⁉ な⁉」

「……そうだな」

「ちっ」

 剣呑さを感じアズがすかさず仲介に入ると、二人は一応の矛を納めたが、視界に移すのも嫌だとばかりに互いに顔を背けてしまう。

「……大丈夫なんでしょうか」

「うーん、こればっかりはなぁ」

 ブレアの不安に対して適当な言葉が返せず、アズは曖昧な笑みを浮かべた。

 彼の見立てでは案外と気が合うと思ったのだが。それを口にしたらまたややこしい事になりそうなので黙っていた。

「ごめん、ちょっとトイレ」

 宴もたけなわ──と言うほど盛り上がりも無かったが、テーブルの料理が粗方片付き始めた頃に尿意がアズを襲った。

「あ、じゃぁ僕も──」

「いやいやいや! ブレアはここで待っていなさいっ」

「……ぷぅ」

 すぐに付いてこようとするブレアを押し留め、アズは早足でトイレへと向かった。

「……おい」

「……なんだ」

 顔を背け合ったまま、ミルドレッドの言葉が自分に向けられたものだと気付いたマリオンが応える。

「明日は迷宮ダンジョンだ。お前らは初めてなんだって? ちゃんとリーダーの言うことは聞けよ」

「……先輩風を吹かせるつもりか?」

 むっと、マリオンの眉根が寄った。

 その様子に緊張からブレアの肩が跳ねた。

「違う。俺の言うことはどうでもいい。アズの言うことだけはしっかり聞けよっつー話だ」

「……」

 喧嘩腰な態度こそ変わらないもの、少し違うように思えてマリオンは黙って耳を傾ける。

「パーティーってのは運命共同体だ。頭が二つ三つも合ったら上手くいくもんもいかねぇ。特にお前らは初心者に毛が生えた程度の冒険者だ。アズが無理させるとは思わねぇが、テンパって勝手なことだけはしてくれんなよ」

「……ふん、当然だ。貴様の言う事ならまだしもアズの命令ならなんだって聞くさ──なんだ、そんなまじまじ見詰めて」

 マリオンの発言の過激さに、ミルドレッドはつい振り向いてしまう。

「……お前、アズが裸になって踊れって言ったら踊んの?」

「ば──っ⁉ あ、アズがそんなことを言うか‼ で、でもまぁ? アズが本当に望むんなら、その、やぶさかでは無いというかごにょごにょ……」

(マジかこいつ……⁉)

 そう、恥ずかしげに答えるマリオンは恋する乙女そのものだった。

 絶世の美男子であるマリオンが恥じ入る姿は絵画の一場面を切り取ったかのようであったが、相手が男というだけでミルドレッドには何ら感情を沸かせなかった。

 重要なのは、マリオン(男)がアズ(男)を狙っているという事実だ。

(……まさか俺が親友アズのケツの心配をする羽目になるとはなぁ)

 そこそこ付き合いの長いミルドレッドはアズの性癖がノーマルなことを知っている。

 付き合いの短いミルドレッドはマリオンが実は女だということを知らない。

 誤解というのは、こうして広がってゆくのだ。

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