凸凹パーティー始動

「ようユズハちゃん! 久しぶり」

「えーと、申し訳ありません。……記憶にございませんのですが、どちら様でしょうか?」

「うわははは! そりゃそうだよなぁ。俺だよ俺。魔法使いのミルドレッドだよ!」

「はぁ、ミルドレッド様ですね──えぇ⁉ 嘘ぉ⁉」

「くく、皆して同じ反応しやがるなぁ」

「え⁉ 嘘、待って⁉ ……嘘ですよね⁉ ……でも、言われて見るとちょっと面影があるかも……」

 ミルドレッドを伴って、パーティー申請の為に冒険者ギルドへやって来た。

 かつて知ったる何とやら。ミルドレッドは迷うことなく受付へ向かうと、気さくな態度で受付嬢ユズハへ声を掛ける。

 対してユズハは困惑顔だ。職業柄、人の顔と名前を覚えるのは得意な彼女が、しばし瞑目し記憶を探ってもミルドレッドだと分からなかった。

 そらそうだ。性別が変わっているだなんて、誰が想像できるものかよ。

 ミルドレッドはふてぶてしくカウンターに肘を付きながら話を続ける。

「そうだろそうだろ。んでだ。本題なんだが、久々に冒険者業を始めようと思ってよ。情報残ってるだろ? またライセンスを発行してくれよ」

「えーっと……」

 ユズハは渋った。

 この目の前の、自称ミルドレッドなる美女が本人かどうか確認する術が無いからだ。

「……ごめんなさい。貴女がミルドレッドさんかどうか、私たちには分かりかねます。この場合、規約に則りミルドレッドさんは再度Eランクからの新規登録と──」

「はぁ⁉ また俺にクソみたいな下積みさせんのか⁉」

 この場合ユズハを責めるのはお門違いだろう。

 性別の違う人物を同一人物だと、どうして思えようか。彼女はギルド規約通りの対応を行ったが、ミルドレッドとしては納得いかない。

「ふふん、なら俺がミルドレッドだって証拠を聞かせてやろうか? ……ユズハちゃんの右のおっぱいには二つ並びのホクロが──」

「あー、あー⁉ ちょ、ちょっとぉ⁉ しーっ、しぃーっ‼ 誰かに聞かれたらどうするんですか……‼」

「もがもが」

 声を潜めながら叫ぶという器用を披露するユズハ。

 カウンターから身を乗り出し慌ててミルドレッドの口を塞ぐ。

 幸いにして、聞こえていたのはミルドレッドに付き添うアズ一同だった。そう、アズだけは聞いてしまったのだ。

(……え? 君たちってそういう関係あったの……?)

 受付嬢とは正に店の看板、綺麗処を揃えるのが常である。

 ユズハもまた、容姿に優れている女性だ。野郎冒険者ならだれもが一度は受付嬢とねんごろになる妄想をするものである。アズとて例外ではない。

 アズは第三者ながら少なからずショックを受けた。

 ……当時のユズハとしては、魔術学院次席という将来の有望株相手に上手く唾を付けられたつもりであったが、ミルドレッドの私生活と女へのだらしなさぶりは許容出来そうもなかった。

 故に一週間も保たずに二人は破局した。その関係を知る者は、本人同士いない。

 これは彼女がミルドレッドである動かぬ証拠になった。

「……ハァ。わかりました、わかりましたよっ! 信じがたいことですが、貴女がミルドレッドであることが確認取れましたっ‼ それで! 今日は何の用ですか⁉」

 キレ気味ながらきちんと丁寧語で対応を続ける辺りにアズはプロ根性を見た。

「おー、それなんだがよ。ま、さっきも言ったように冒険者業に復帰するからライセンスを再発行して欲しいんだわ。んで、アズのパーティーに登録してくれや。よろしくー」

「はいはい分かりました。ミルドレッドさんが最後にクエストを受けた時はCランクでしたね。本人の確認が取れたためランクを引き継いだ状態で再発行して、アズさんのパーティーに登録っと────えっ⁉」

「ん、どしたん?」

「え、いえ。あの……」

 今までアズの存在を無視していたユズハの視線が、ここでようやくアズへと向けられた。

 彼女の戸惑いは十中八九、アズのパーティーの募集条件に「男性のみ」とあるためだろう。だが、今のミルドレッドは言わずもがな女性である。

「ん、あぁ? アズとはもう話が付いてるからな。それに昔のライセンスを復帰させるんだろ? その登録情報は男になってるんだから、ほれ、何の問題もないじゃないか」

「た、確かに」

 ユズハの視線が自身の背後──アズに向いたことに気付いたミルドレッドは、彼女の懸念を払拭するべく言葉を発した。

 ミルドレッドの言う通り、過去のライセンス情報は男として登録されている。そも本人同士で話が付いているのなら、募集条件を満たしていなくても問題は無いのだが。

 ユズハは何となく釈然としないまま、ミルドレッドをアズのパーティーに登録した。

「……パーティー申請の登録は完了しました。えと、説明は──」

「あー要らん要らん」

 ひらひらと手を振りながら、用は済んだとミルドレッドはさっさとカウンターに背を向ける。

 すぐ後ろで待っていた、これからパーティーでやっていく三人へと向き直る。

「よろしくなーアズ、チビっ子。それとマリオンも」

「あぁ、よろしく」

「もうっ! 僕はチビっ子なんて名前じゃありませんっ」

「……ふん、よろしくだ」

 歓迎するアズ。自分の扱いに憤るブレア。最低限の挨拶にも嫌悪が滲むマリオン。

 こうしてミルドレッドはアズのパーティーに参加した。

 しかし、あれほど労働を嫌っていたミルドレッドが、どういう風の吹き回しで冒険者業に復帰したのか?

 それは先のミルドレッド宅でこのような遣り取りがあったからだ。



「なぁミリー? 本当に戻らなくていいのか?」

「んー……」

 どうにかこうにかマリオンを宥めて、一行は再び茶の席を設けていた。そこにマリオンの姿は無い。

 どうにもミルドレッドと相性の悪い彼女は席を外したのだ。ブレアに一言、「何かしでかさないか見張っているんだぞ!」ときつく言いつけて。

「なんだよアズ。嬉しくないのかよ? こんな美女がお前の親友なんだぜ? ん?」

 なんとも返事に困る問いだ。

 アズとて健全な男だ。頑固で潔癖ながあるが、美人は好きだしおっぱいも好きだ。

 そういう点で見れば今のミルドレッドは魅力的なのだが──。

「まぁ、そうだな。男じゃないミリーは違和感が凄くて」

「……ふぅん?」

 そもそも、だ。

 アズは現在のパーティーに自分しか男がいないことを危惧してミルドレッドを誘いに来たのだ。

 何が悲しくて女体化した親友を迎え入れなければならんのだ。

 沈黙の中、ズズズと、ブレアが紅茶を啜る音だけが響く。少女の目は鋭い。マリオンに言われたことを守ろうという意思と、彼女自身アズにちょっかいを出されるのが、なんだか気に入らなかったからだ。

「……まーそうさな。チ○コも無くなっちまっちゃぁ女も抱けねぇし」

「じゃぁ──⁉」

「待て待て。慌てなさんな。男に戻るにしても手順がある。まずはこの薬の成分を調べ直すところからだなー」

 一時はどうなる事かと思ったが、ミルドレッドが男に戻るのに前向きになってくれたことにアズは胸を撫で下ろす。

 そしてブレアはやはりチ○コと女性を抱くという事には因果関係があるのだと察した。後でセ○クスなるもの共々アズへ聞こうと固く誓った。アズの胃痛の種が一つ増えた瞬間でもあった。

「そ、そうか。早速──」

「だからー慌てんなって。アズ、失敗しちまったが元々何の薬を作ろうとしてたか分かってるのか?」

「そりゃ何って、不老薬だろ?」

「その通り! 不老薬だ! そんなもんがホイホイ簡単に作れると思うか、ん?」

 力説するミルドレッドの姿に、アズの額を嫌な汗が流れた。

「……まさか」

「ま、ぶっちゃけ材料が足りないんだわ。ドラゴンの石肝だとか真祖の牙だとか」

「ちょっ──⁉ どんだけ高価なもん使ってるんだよ⁉」

 ブレアには材料として挙げられた素材が一つとして知らなかったが、アズの顎が外れんばかりの驚きようにかなりの貴重品なのだと悟った。

「ま、そういう訳で手持ちに材料が無いんだわ。んで、だ。本題なんだが、俺はお前の要望通りパーティーに入る。お前は俺の材料集めに協力する、ってんで一つ手を打たないか?」

「……まぁ、俺はお前が入ってくれる何でもいいけど」

「っし! じゃぁ決まりだな!」

 ──といったお互いの利益を追求した結果であった。



 アズは念願の魔法使いをパーティーに迎え入れた。それも気心の知れた、だ。

 しかしアズの表情は今一晴れないでいた。それもそうだろう。アズは女に挟まれたある意味羨ましくも針のむしろである現状を変えたくて男の仲間を欲したのだから。

 今の親友の、男と言っていいのか甚だ疑問が残る状態は、はたして歓迎すべきものなのか?

 ……まぁ先に言っておくが、やっぱりというか、当然というか、トラブルの元になるんだけどネっ!

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