救出
「邪魔だぁぁぁぁ──っ‼」
マリオンは走った。
成人男性一人を抱えているとは思えない速度で。
時折魔物と遭遇するも両手の塞がっているマリオンは文字通り蹴散らした。
──身体が軽い! 今ならどこまでも行けそうだ!
戦士職たるマリオンは
そんな彼女に
だがそれ以上、彼女に力を与えるのが腕の中の存在である。
(っ⁉ ふふ、アズ! 怖くて抱きついて、可愛い奴だ!)
ぎゅっと、首に回された腕に力が込められる。
最初抱き着くのを遠慮していたのに比べれば驚くべき変化だ。
身体が近付いたことにより二人の心の距離も縮まる──そんな錯覚すら覚え、マリオンは更に足を速めた。
(だ、だっ、誰か止めてくれええぇぇぇぇぇぇ──────っ⁉)
距離が縮まる? 心が通じた?
いいえ。アズの内心にはロマンスの一欠片すらなく、ただ恐怖心が支配していた。
(怖い怖い怖い‼)
乱立する木立の隙間を、馬よりも速く駆けるのだ。
正面近くの木がみるみる近づき、「ぶつかる⁉」と思った瞬間、掠めるようにマリオンは木々を華麗に避けた。寿命が縮まる思いである。
そうして木々の影からは時折魔物が姿を見せた。
「Gua?」
ゴブリンが、猛烈に風を切る音に気づきこちらを向く。
「
きっと彼は自分の死に気付かなかったことだろう。
振り向いたゴブリンの顔面を、マリオンのすらりと伸びた足が踏み抜く。
グチャベキと、あまり耳にしたくない音を鼓膜が捉え、マリオンはそのままゴブリンの顔を足場に跳躍した。
「ふはははは! 楽しいなぁアズ⁉」
(いや何がさ⁉)
マリオンの哄笑が森へ木霊する。
言ったタイミングからして、まるで魔物の虐殺が楽しいと言っているようにも聞こえるが、さすがにそれが誤解であることぐらいはアズにも解った。
では一体、彼女は何を指して楽しいなどと言ったのだろうか?
アズにとって現状は恐怖しか感じない。
一刻も早くブレアの元に辿り着く、その目的を出来る限り早く達する為に現況が最適であるのは認めるものの、出来れば早く終わって欲しかった。
対してマリオンにとって今の状況は愛する男との逢瀬にも等しい。
邪魔者もおらず二人きり。互いの鼓動が聞こえるほどに密着し、その密着具合は時と共に増してゆく。
悲しいかな。二人の認識には天地ほどの隔絶した差があった。
悲しいかな。マリオンがそれに気付くことは無かった。
「マリオンさん!」
「うむ!」
迷い貝の
阿吽の呼吸でマリオンは頷き、彼女は指示に従ってひたすら
内心「あぁ、二人きりも終わりか……」と思わないでもないマリオンであったが、不謹慎な考えだと頭を振った。
森は大分入り口と様相を変えていた。マリオンはこれほど深層に潜ったことはないが、恐怖は感じない。愛する者が、守るべき者がこの腕の中にいるからだ。
しかし
陽は大分傾き始めており影が、乱立する木立の影が長く長く、赤焼けた地面を不気味に染めていた。
如何にマリオンの腕が立つと言えど、アズが熟練の冒険者だとも、何の準備もない状態で夜の森の強行軍は避けたい。
しかし、ブレアを見つけずに戻るつもりは微塵も無かった。
──迷い貝の
くんっと、一際強く飾り紐が引っ張られたのだ。
そして遂に──。
「っ! ブレア──っ‼」
探し人を見つけた。
「ブレア! ブレアっ‼」
すぐさまに駆けより声を掛けるも、うつ伏せに倒れた彼から反応はない。
最悪の自体がアズの脳裏を過ぎるも、近づき、彼を抱き上げたことで薄い胸が僅かに上下していることに一先ず安堵する。
しかし、同時にブレアが予断を許さない状況であることも察した。
「マリオンさん! 火を起こしてください!」
「分かった!」
何故、だとか理由は聞かない。
マリオンは直ぐに行動に移った。アズの言う事だ、何か意味があるのだと全幅の信頼をおいているからだ。
「すまんブレアっ」
アズは本人に聞こえているかも分からないが、一言謝りを入れて衣服を裂いた。
自分とは違う、柔らかそうな肌色が目に入った。
(……?)
はだけたブレアの胸元を見て、アズは微かな違和感を覚えた。
経験上、冒険者の勘とも呼ぶべきこの感覚は大事にすべきものだが正体が分からず、火急であり違和感を探るのは後回しにする。
ブレアの剥いた服から覗く、彼の地肌から無数の小さなキノコが生えていた。
(マイコニドにやられたのか……。ブレアほどの実力者があって?)
あり得ない、とアズの脳が叫ぶも現にブレアの症状はマイコニドの胞子にやられた者特有の症状だ。
マイコニドの胞子──菌にやられた。つまりは苗床である。
「アズ。ほら、火だ」
だが丁度よくマリオンが火の付いた松明を持ってきてくれた。
アズはそれを受け取ると、ブレアに生えたキノコへと近づける。
「や、焼くのか?」
「いえ、見ていてください」
その光景にマリオンは生唾を呑みながら見守る。
一見して小さなキノコにしか見えないが、こう見えてマイコニドの幼体である。厄介にも無理に引っこ抜こうとすると、最後の抵抗とばかりに寄生者に張った根が神経をズタズタにしてしまうのだ。故に火である。
──要はヒルと同じだ。
キノコの傘に火が触れるか否かという瞬間、身の危険を感じたマイコニドの幼体がブレアの身体から一斉に離れた。
「うわっ⁉」
蜘蛛の子を散らすと言ったその様相に、マリオンは気持ち悪さから悲鳴を上げた。
「マリオンさん! 踏み潰して!」
「えぇ……」
言われてマリオンは、遠慮気味に逃げ出すマイコニドの幼体を潰して回った。
……こういう事は事前に教えて欲しいと思うマリオンであった。
だが文句を飲み込み、マリオンはブレアの安否を問う。
「ブレアは大丈夫なのか?」
「そう、ですね。これで目を覚まさないとなると、……体内にも生えてしまっているかもしれませんね」
体内、という言葉に想像をしてしまったマリオンは眉を顰めた。
──どうするんだ? 尋ねるより早く、アズは取り出した薬草を口に自らの含んだ。
──食べさせるのならブレアにでは? 抱いた疑問は咀嚼を繰り返すアズを見、すぐに氷解した。
「ま、待てアズ──」
止める間もなく、アズがブレアの唇を奪った──。
いや違う、口移しだ。麻痺毒にやられて碌に身体を動かせないブレアの為に、飲み込みやすい形にしてやったのだ。
そう、頭では理解していてもマリオンは目の前の光景にザラついた感情を覚えた。
(い、いや! アズは治療のためにやっているのだ! 邪な感情など抱くはずもない!)
まして二人は男同士である。治療以上の意味が、どうしてあろうか?
だのにマリオンは、嫉妬にも似たドロリとした感情を覚えた。
女の勘が、目の前の現象を到底許せぬと叫ぶのだ。
しかし初恋一年生のマリオンは勘所が分からぬ。気の迷いだと、抱いた感情を断じてしまった。
(嗚呼、分かってるさ! 分かってるが、だがこれは──‼)
好いた男が別の者と口吻をしているという現実。
マリオンは割り切れぬ感情と共に推移を見守る他なかった。
ほどなくしてケホという小さな咳き込みと共にブレアの口から黄色く濁った液体が吐き出された。
ブレアの瞼が微かに動く。
「ブレア! ブレア‼」
アズが必死に呼び掛けると、ゆっくりとだがブレアの瞼が持ち上がってゆく。
瞳の焦点は合っておらず、意識もいまだ混濁しているようだが、命ばかりは無事繋ぎ止められたようだ。
「よかったブレア! 生きていて……」
安堵の息が、二人から零れた。
「ぁ、ぅぅ……」
「どうした? どこか痛むのか?」
ブレアが何事か訴えようとするも、その声は掠れてよく聞き取れない。
アズがまたも顔を近づけると──。
「はふぅ」
「ブレア⁉ おい、ブレアっ⁉」
何故かブレアは顔を真っ赤にして意識を失ってしまった。
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