ぼうぐは そうびしないと いみがないぞ!
幾らかのお金が纏まったある日、アズはマリオンを伴って武具屋へ来ていた。
出会った時と違い、現在マリオンは軽装だ。腰に一本剣を佩いているものの、言い換えれば装備らしい装備はそれしかない。
「いや、当たらなければいいだけだろう?」
鎧を買うと提案した時に、マリオンが言った台詞だ。
確かに、究極、攻撃を躱し続けられるのなら防具は不要なのだろうがマリオンは前衛だ。どうしても攻撃に晒される機会は多い。
そんな時、前衛の命を守るのが防具である。
鎖帷子一枚とっても、着てる着ていないで生存率は大幅に変わる。
以前は頑なに鎧を脱ごうとしなかったマリオンが、今は頑なに鎧を着ることを拒んでいる。
「だって、鎧なんか着たらアズへのアピールが──って何でも無い‼」
兎も角、アズは防具の重要性を説き、どうにかこうにかマリオンを武具屋へ連れて来た。
そこにはもう一つ、切実な目的があるのだが。
「さぁ! 好きなのを選んでください!」
「……なぁ、アズ? もう少し、こう、可愛らしい鎧は無いのか?」
「何言ってるんですか! 防具で重要なのは見た目じゃありませんっ、性能です‼」
武骨なフォルム。分厚い鈍色の鉄板。
頑強! 重厚! 防御力!
それらを体現したかのような
防具が重要というのはアズの本心であった。
だが──。
(いや洒落にならん⁉)
マリオンの逆ナン率である。
犬が棒に当たる確率以上に、マリオンが街を歩けば必ずと言っていい程、女性に声を掛けられるのだ。
断って引き下がる者はまだいい。
中にはしつこいぐらいに食い下がってくる者、アズに憎悪を向ける者もいて冒険者業に支障が出るレベルだった。
「いっそ女であることをバラすか?」
苛立ったようなマリオンの言葉をアズはやんわり否定する。
「いえ、貴族であることを伏るのなら、このまま男のフリをしていきましょう。それに──」
「それに、何だ?」
(女性だってバラしたら寄ってくるのが男に変わるだけなんだよなぁ……)
容易に想像が出来る未来に、アズは顔を顰めた。
マリオンに蟻の如く群がる男どもを考えると、アズは胸に靄が掛かるのを感じた。
恋仲でもない、ただのパーティーメンバーに独占欲を発揮するなんて。アズは軽い自己嫌悪をした。
その結果、辿り着いた答えが「鎧で姿を隠しちゃえばいいじゃん!」作戦である。
……以前と変わらないじゃねーか‼
いや、前とは状況が違うのだ。
貴族である点は隠しておきたいマリオンだが、今は逃亡中の身ではない。それに前の鎧は、さすがはファルメル家の家宝と云うだけあって見事な装飾が施されており人目を引いた。
故にアズは、見た目を犠牲にして防御力全振りの鎧を紹介したのだが、マリオンは不満顔だ。
(むぅ、こんな鎧を着てしまってはアズにアピールが出来んではないか……)
自分が男装している事も忘れてマリオンは思う。
いやいや、男のフリをしているからこそ出来ることもあるのだ。
気軽に肩を組んだり腕を組んだり、女であれば「はしたない!」と二の足を踏んでしまう事も男であればこそ出来た。
それに、だ。腕を組み九〇のFカップ(さらし装備)を押し付けた時のアズの可愛らしさよ。自分が女として意識されているのだと分かって、恥ずかしさよりも嬉しさが勝った。
とまぁ、マリオンとしてはこんなゴーレムの様な武骨な鎧は御免被りたいのだが。
「さぁ! さぁ‼」
何故かアズはやたらと推してくる。……実は鎧フェチとか?
無いな。アズは私のおっぱいが好きだし、ふふふ。
「なぁアズ。防具は大事なんだろう? なら性急に決めず、とりあえず見て回らないか」
「そう、ですね」
マリオンが乗り気でないこと、己が目論見が潰えそうなことを悟り、アズはがっくしと肩を落とした。
対してマリオンは「お店デート」気分である。
項垂れたアズの腕を取り、こっちこっちと引っ張る姿は正に恋人の様相で。
女性店員さんが凄い顔でこちらを見詰め、必死でスケッチを取っていた。仕事しろよ。
「これなんてどうです?」
アズが指さしたのは、やはり厳ついフルプレートだ。可愛さの欠片もないソレにマリオンは口を尖らせる。
「むぅ……。そ、それよりも、こっちなんかどうだ?」
マリオンが興味を示したのは俗に云うビキニアーマーだ。
アズは想像する、ビキニアーマーを着たマリオンを。
こぼれ落ちんばかりマリオンの九〇のFカップを、頼りないアーマーだけが支え、隠し、激しく動く度にたゆん、ボインとワガママおっぱいが揺れる有様を──。
「いやダメに決まってるでしょう⁉ ていうか、これ防御力あるんですか⁉」
アズの冷静にして的確なツッコミに、マリオンも赤くなりながら「そうだな」と引き下がる。
一方、耳を
結局、持ち合わせとの兼ね合いもあり、マリオンが買ったのは帷子とブレストプレート、それと額を守る鉢金だけ。アズが一番買って欲しかった面隠しの類は残念ながら見送りとなった。
「鎧とて良いものでなければ動きを阻害するだけでな」
前線で剣を振るうのはマリオンなのだ。その彼女から「質の悪い鎧は邪魔」と言われてしまえばアズも引き下がざるを得ない。
そうして買うもの買って店を後にしようとすると、仕事していない女性店員がマリオンを手招きした。
なんだろうと、彼女は一言アズに断りを入れてから女性店員の元へと向かう。
アズは少し離れた所から、会話を交える二人を眺める。内容こそ聞こえないが、何か袋を手渡されたのを見た。
「?」
「ま、待たせたな!」
戻って来たマリオンの顔は熟した林檎である。その腕は受け取った袋を大事そうに抱えていた。
「何です、それ」
「な、何でもない! 何でもないからなっ‼」
「はぁ」
いや明らかに何かあるじゃん? しかし突っ込む勇気の無いアズは曖昧に返事するしか無い。
嗚呼この時、もっとちゃんと追及しておけば。
後悔とは、字の如く後から悔いるからこその後悔なのだと、アズは身を以て知ることになる。
◇◇◇
その晩、月の満ちた夜だった。
灯りを点けずとも窓からの月明りで十分に本が読める程である。
戦闘では直接役に立つことの出来ないアズにとって、パーティーでの役割は必然、事前準備や荷物持ちであることが多い。
今も拠点とする宿で、アズは新聞に目を通し情勢の確認に勤しんでいた。
──控え目なノックの音が響いた。
こんな夜半に尋ねて来る心当たりは一人しかいない。
「どうぞ。開いてますよ」
新聞から目を反らさず、入室を許可するのは不用意ではないか? 信頼の現れ、ということにしておこう。
マリオンが女性と知ってからは、さすがに部屋を二つ取るようにした。……マリオンは不満そうだったが。
ひた、ひた。裸足が床を蹴る音が、ゆっくりと近付いてくる。
そうして直ぐ側にまで音が近付いてきたものの、そこから動く気配が無い。
どうしたんだろう? アズはようやく顔を上げて、視界に飛び込んできてた光景に思わず叫び声をあげそうになった。
「んなっ──⁉」
慌てて口に手を当てて叫び声を飲み込むアズ。
「ど、どうだアズ? 似合っているか?」
そう、どもるマリオンが身に着けていたのは、辛うじて局部を隠すだけの布切れ──そうとしか表現のしようが無い──だったからだ。
通称『あぶないビキニ』である。とっても、色々、すごくあぶない。子供は見ちゃダメよ?
既に草木も眠るという時刻である。叫び声こそ堪えたもの、アズは混乱の極致にあった。
「な、はぁ⁉ いやいやいや……、なんっ‼ 何、どうしたんですかぁ⁉」
いやま、尤もな反応である。
アズは愚息が反応しそうになるのを理性で堪え、しかし視線はマリオンから外せなかった。
美術品も斯くやという素肌が、これでもかと目の前で晒されているのだ。男の本能は正直であった。
羞恥から、マリオンの白い肌がピンクに染まっている。
「い、いやな! 今日の女性店員がな、持たせてくれたんだがな⁉」
女性店員仕事してた。グッジョブである。
……いやいやいや⁉ マリオンは男装してた訳で、彼女はコレを男に着せようとしてた訳で。ちょっとぶっ飛び過ぎじゃありませんかね?
そんな事、アズは冷静に考える余裕なんて無い。
目の前に迫る九〇のFカップが嫌という程に自己主張をし、目と思考力が奪われているからだ。
「だっ、だからって着なくたっていいでしょう⁉ なんで、どうして着て、俺に見せるんですか⁉」
「あ、アズが悪いんだ! 王都に着いてからまだ一度しか乳を搾っていないせいで、胸が張って痛いんだぞ⁉」
「えええぇぇぇぇぇぇぇっ⁉ 今その話ですかぁっ⁉」
マリオンがこのような暴挙に出たのには理由がある。
──アズがパーティーメンバーを募集し始めた。早晩、こんな二人きりの状況は作り難くなってしまうだろう。
そんな焦りがマリオンに痴女とも言える積極性を持たせた。
「さぁ揉め!」
背を逸らして胸を強調する姿勢なれど、偉そうなマリオンの態度は色気もへったくれもなかった。
しかし最終的にアズはおっぱいに詰め寄られて──揉んだ。屈したのだ、おっぱいに。
なんというか、それだけの話しだよ、うん……。
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