男色家アズ
「中々集まりませんね……」
「そうだなっ」
時刻は昼過ぎ。
ギルド内に併設された酒場で昼食を取るアズとマリオン。
今後の方針を話し合っている最中、話題はパーティー募集の件に移った。
「うーん、条件が悪いんですかねぇ」
「そうだなっ」
「……どうしてマリオンさんは少し嬉しそうなんです?」
「そ、そんな事ないぞ?」
アズは自分が申請したパーティー募集の紙を見、頭を捻る。
今、このパーティーには足りない者が多すぎる。
何せ組んでいるのが
兎角、人が集まらねば始まるものも始まらない。故に現状、アズはそこまで質は求めていなかった。
──経験不問!
──実力不問!
──但し男性のみ!
最後の条件はマリオンとの話し合いの末に付け足されたものだ。
しばらくは恋愛は遠慮したいアズと、アズに女を近寄らせたくないマリオンの利害が一致した結果である。
条件だけ見ればハードルは低い。男性なら誰でもウェルカムだからだ。
見方を変えれば切羽詰まっているとも捉えられ兼ねないが、それにしても一人も希望者が集まらないのはアズとしても想定外であった。
しかし、こちら側が出来る事は限られている。
条件を変えるか、或いは報酬を出すかだ。
前者ならば「魔法使い募集中!」など、緩和というよりもいっそ限定してしまった方が人が集まる場合もある。後者に至っては、短期でパーティーを組む際に実力者を募集するやり方であった。そも手元も心許ないため、そのような方法は取れなかった。
「ようアズ! 王都に戻って来たんだな。水臭いじゃないか、一言言ってくれよ」
そんな時、アズへ気さくに声を掛ける男が近寄ってきた。
短く刈り上げられた頭髪に、がっちりとした体躯。鎧の下には鍛え上げられた筋肉が詰まっているだろう。
マリオンは相手の実力を冷静に値踏みした。
(ふむ、中々の使い手と見た)
「エドガー! 久しぶりだな!」
珍しい、アズの砕けた口調にマリオンは目を丸くする。
エドガーと呼ばれた青年、年はアズと近そうだ。アズは以前にも王都に滞在していたという。その時の知り合いなのだろうとは、推測に容易い。
アズとエドガーは固い握手を交し、ハグに近い体勢で互いの背中をバンバンと叩きあった。
「おう。ちょっと商隊の護衛で王都を出ていたんだが。いや、元気そうだな。噂は時々聞いていたが、相変わらずフラフラしてんなぁオイ」
「はは、面目ない……」
(むっ)
マリオンは僅かに眉を顰めた。
アズが、自分には見せたことのない表情をエドガーへ向けたからだ。
「今は二人か? メンバーを募集してるみたいだが、あんま上手くいっていないみたいだな」
「そっちこそ。俺がいた時と随分面子が変わっているじゃないか。ミルドレッドは? パトレイシアも見えないけど」
なるほど。アズは以前エドガーのパーティーにいたのか。
で、あれば──。
マリオンはエドガーの背後の四人に素早く目をやった。
男女女男、
あの二人の女性のどちらかに、アズは懸想していたのか……? そう思うとマリオンの胸に仄暗い情念の火が灯る。
女弓士と女魔法使いはマリオンと目が合うと、照れたように俯いた。
「あぁ? 他人事みたいに言ってくれるぜ。お前が抜けてから大変だったんだぜ? パティは国へ帰るって言い出すし、ミリーは飽きたとか言って抜けるしで」
「へ?」
「なに意外そうな顔してんだよ、当然だろ?」
エドガーとアズの会話は続く。マリオンは一言足りとも聞き逃さぬと耳を
「……アズ、お前本当に気付いていなかったのか? そういうところだぞ……。パティはお前に気があったんだよ。それがお前が抜けると言い出したら、フラれたと思うのも当然だろ? あのプライドの高いエルフ様が残る訳が──」
ガシャン‼
──突如何が割れる音がした。
マリオンの前にあったパスタの皿が、真っ二つに割れていた。
「……すまない。少し、力が入り過ぎた」
少し?
マリオンは親の仇の如く、パスタの山にフォークを突き立てていた。
それは皿を割るどころかテーブルに突き刺さっている。
ゴクリと、エドガーを始め彼のパーティー面が生唾を飲んだ。
「ま、まぁなんだ。ミリーはあんな性格だろ? むしろ今まで付き合ってたのが奇跡っていうか、な?」
エドガーは色々と察して話を変える。そして一度チラッと、マリオンを見た。
「しっかし納得だぜ。お前にそんな趣味があったなんてな」
「そんな趣味……?」
「道理でなぁ。男だけ募集しといて、今更隠さなくたっていいんだぜ?」
快活に笑うエドガーに対し、アズはようやく理解に至り──足元が崩れ落ちる錯覚に見舞われた。
彼の言葉の、一つ一つを繋ぎ合わせて得られる結論。
(……あれ? 俺、
さぁっと、アズは血の気が引いた。
そうしてエドガーと共に以前一緒に組んでいた男戦士と男僧侶──ライアンとジョージに目を向けると、気不味げに顔を反らされる。
「ま、しばらく
エドガーが豪快に背中を叩いてくるも、自分を取り巻く環境のあまりに衝撃な事実のせいで正直、アズは何を言われているか半分も理解出来なかった。
「それじゃ、あんま邪魔するのも悪いしな。あー、マリオン、さんだっけ? こいつのこと、よろしく頼むぜ。目ぇ離すとすぐフラフラしちまうからな」
「……うむ、言われなくてもそのつもりだ」
マリオンが鷹揚に頷くと、女弓士と女魔法使いがキャッキャとはしゃぎ始めた。
「やっぱり! あの噂は本当だったのね⁉」
「凄い! 初めて見たわ!」
その様子を、アズはどこか遠い目で見ていた──。
アズは頭を抱えていた。
まさか自分が男色家だと思われていたなんて。
多分、おそらく、パーティーに入りたいと願い出る者がいないのは十中八九、ほぼ確実にそれが原因だ。
「なんてこった……」
──性別も不問にするか?
いや、一度根付いた誤解を解くのは難しい。今更変えても言い訳がましく思われるだろう。
何より、マリオンを説得出来るかという問題があった。
アズとて木の股の間から生まれた訳ではない。
鈍い鈍いと言われても、マリオンの好意は何となく察している。
しかし、だ。
彼は誰彼にでも優しい、お人好しである。積極的な性格ではないが、女性に興味はあるし人並みに性欲だってある。
しかし、同時に頑固でもあった。
ラッキースケベどんと来い! と考える癖に、最後の一線だけは流されまいと鋼の意思を持っている。
ヘタレの癖に強情。スケベの癖に潔癖。
それがアズ・ラフィールという青年であった。
……面倒くせぇ童貞だなコイツ⁉
アズが頭を抱える一方、マリオンは満面の笑みだ。勝利を確信しての笑みだ。
勝利──即ちアズとの未来である。
(ふ、勝ったな……!)
アズがパーティーを募集すると言い出した時は、二人旅も終わりかとがっくりしたものだが。
最後の抵抗とばかりに『男性のみ!』という条件を付けさせたが、望外の結果を
(……いや待てよ? 今の条件でパーティーに入りたいという輩がいたら、それはアズ狙いということか? むむむ)
マリオンは未来の旦那(未確定)の貞操の危機を覚え、一人気合を入れ直す。
そしてアズ、まさかマリオンに尻の心配をされてるとは露知らず。どうにか誤解を解き状況を好転させる術が無いか、知恵を絞るも良案はちっとも浮かばない。
──もうおっぱいに屈しちゃえよ。
心の中、悪魔のアズが囁いた。
天使のアズが抵抗する。
──九〇のFカップの何が不満なのです?
どっちも屈していた。
いやほんと。何故に自分はここまで頑なにマリオンを拒絶するのか?
屈したっていいじゃん? あのおっぱいが自分のモノになるんだぜ? 毎晩ミルクパーティーだぜ?
アズの知能が徐々に退化し、「もういいかな……」と全てを諦めかけた瞬間。
「あのっ、パーティーを募集していると聞いたのですがっ」
アズらに向けられた、可愛らしい声が響いた。
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