ゴブリンに合掌
王都へ来て数日、アズとマリオンはクエストをこなす日々が続いていた。
冒険者としては中堅のアズが、若葉マークのマリオンの面倒を診る日々だ。
最初は簡単な、薬草採取のクエストだ。
冒険者は薬草に始まり薬草に終わる、なんて格言があるくらいだ。これは駆け出し冒険者は誰しもが経験する薬草採取と掛けて、そのまま大成することなく一生を終える者がほとんど、という厳しい現実を皮肉った格言である。
しかしこの格言にはもう一つの意味がある。それは慣れて来た時こそ薬草を疎かにし命を落とす者が多いと、準備の大切さを説くものだ。そしてこの意味に気付かなければ大成など夢のまた夢なのだ。まる。
周辺の地理に慣れてきたら、ようやく魔物討伐のクエストを受けた。
王都周辺には強い魔物もおらず、初心者が狩るには丁度いい塩梅だ。
ゴブリン討伐のクエストを受けた二人は、王都郊外の森にまでやって来た。
森の近くまでには薬草を探しに散々来たため迷うことはない。
人間の領域近くにあるとは思えぬ、深い森であった。
乱立する木々は太く、葉っぱの層は分厚く日光を遮っている。そのせいか草はあまり伸びておらず、剥き出しの地面から張り出た木の根だけに注意を払えば歩くは容易かった。
程なくして、自分たち以外の気配を感じてアズとマリオンは近くの大木に身を隠した。
「──いました」
「む」
アズが木から顔を覗かせて見ると、五匹のゴブリンが群れているのを見つけた。
ボロ布を腰に巻き、四匹は棍棒を。一匹は弓を持った上位種、ゴブリンアーチャーだった。
「どうします?」
──
そう問うてくるアズの目を真っ直ぐと見返して、マリオンは首を振った。
「まぁ見ていてくれ」
するとマリオンは小石を幾つか拾い、機を見計らって──飛び出した。
そして凄まじい速度で群れに近付くと同時、小石を力一杯投げる。
「Gi?」
異常に気付いたのは上位種のアーチャー一体だけだ。
パキ、と。木の枝を踏む音を聞いてアーチャーは弓に矢を番え──飛来した小石に頭を撃ち抜かれた。
「GuGya⁉」
アーチャーが絶命したことで、ようやく四匹も異常を察知したが、遅すぎる。
「はあぁぁぁぁぁっ‼」
遠距離からの攻撃が無くなった事で遠慮の無くなったマリオンが、雄叫びと共にゴブリンの群れに飛び込んだ。
そして混乱冷めやらぬ中、一息のうちに二匹、否、三匹ものゴブリンを瞬く間に屠ってしまう。
「Gyaxx‼」
残された一匹だけが棍棒を振り被ったが、それが振り下ろされる時は永遠に来なかった。
マリオンが目にも留まらぬ剣速で、ゴブリンを天辺から爪先まで綺麗に唐竹割りしたからだ。
おそらく、ゴブリンは斬られた事に気付かぬまま絶命したのだろう。棍棒を振り上げた体勢のまま、左右に等分されてしまったゴブリンの屍体がどちゃりと、血と臓物とを撒き散らして大地に転がった。
「すげぇ……」
いやほんと凄い。
何かあった時の為に直ぐ支援が出来るよう身構えていたアズだが、まったく杞憂だったようだ。
そら山賊に扮したザメル家の手の者、三十人近くを互角に戦っていた剣士である。
腕は立つのは知っていたが、改めて彼女の剣の冴え、天賦の才を見せつけられた。
(Bランク、いや下手したらAランクぐらいの強さはあるんじゃないのか、もう)
「ふふ、どうだアズ」
何てことの無いように、剣を鞘に納めながら戻ってくるマリオン。
額に張り付いた前髪を払う仕草が実に様になっている。
「さすがです。前も思いましたけど、マリオンさん、魔物退治に妙に手慣れてますよね?」
「言ったろう? 剣を振るっていない時は鍬を振るっていると。剣を振るう機会があるということだ。何せファルメル家は辺境でな、しょっちゅう魔物が作物を荒らしに来たものだ」
ははぁん、道理で。緊張の欠片も見当たらない訳だ。
「だとすると、薬草採取なんて退屈だったんじゃありませんか?」
「何を言う。確かに剣の腕には自信があるが、冒険者としては駆け出しだからな。先輩のいうことは聞くさ」
マリオンはそう言ってくれるが、アズは先人に耳を貸さず準備を怠り、命を落としてきた同業者をごまんと見ている。
マリオンの姿勢は見習うべき点が多々あると、アズは己に言い聞かせた。
「さ、どんどん狩るぞアズ! ゴブリンを倒した証に耳を持っていけば持っていくほど報酬が増えるのだろう⁉」
そう言って剣を掲げるマリオンは生き生きしていて。
「……やっぱり鬱憤が溜まってたんじゃ」
「そ、そそそんなことは無いぞ⁉ ただ私は剣を振るうのが好きなだけでな⁉」
戦闘狂の言い分であり、アズは苦笑した。
「分かりましたよ。今日はとことん付き合います」
「うむ。目指すは晩ごはんのおかずを一品増やすことからだな!」
そう言って、目を輝かせるマリオンはキレイだった。
……言ってることはゴブリンの虐殺の宣言だが。
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