モテモテマリオン(男)
「はい、これでノルンでの登録は完了になります! アズさんはCランク、マリオンさんは初登録になりますのでEランクからの登録になりますねっ!」
王都の冒険者ギルドで活動登録を済ませる。
元気一杯、愛想一杯の受付嬢が説明を続けた。
「お二人はランクが二つ以上離れていますから、もしパーティーを組まれた場合はアズさんに貢献度が受け取れませんが、よろしいですか?」
冒険者ギルドの受付嬢なんて、長年荒くれ者を相手にしているから大抵擦れているものだが、こちらの娘さんは随分と愛想が良い。
ギルドのシステムを理解していないマリオンさんが首を傾げた。
「貢献度?」
「あ、貢献度というのはですねっ」
「大丈夫ですよ。こちらの方から説明して置きますんで」
「……そうですか。でも、マリオンさん! もし分からない事があったら私に! 私、ユズハにぜひ聞きに来てくださいねっ!」
違ったわ。これ、マリオンに色目使ってるだけだわ。
アズは睨まれて、受付嬢──ユズハの愛想の良さ、その理由を悟った。
「あ、あぁ。その時はそうさせて貰うよ。行こうアズ」
「……はい」
「お待ちしてますからねー!」
ユズハはフロントから大きく身を乗り出すとマリオンの手を取り、上目遣いでマリオンを見た。そんなユズハの熱意にマリオンは若干引く。
彼女の行為は逆効果だったようで、マリオンは一刻も早くこの場を去りたかった。
そうしてそそくさと、二人はギルドと建物を同じくする酒場の、隅の席へと腰を下ろした。
「……都会の女性は積極的なんだな」
「いや、マリオンさん。あれは──」
「いらっしゃいませー! ご注文は何に致しますかっ」
席に着くとほぼ同時、看板娘が注文を取りに来た。まだメニュー表すら開いていないというのに、実に素早い動きだ。
元気一杯、愛想一杯──と。なんだかさっきも見たぞ……。
まるで急かされるようにマリオンはメニューを開いたが、見慣れぬ料理ばかりで何を頼めば良いのかさっぱりだ。
「……アズ。何かオススメは──」
「そうですね! ウチのオススメはウサギ肉のトマト煮込みとエールですね!」
看板娘が言葉を遮り、料理を薦めてくる。
商売熱心以外の心が透けて見えた。主に下の方の。
というか昼間っから酒を飲ませて何をするつもりかね君は?
「それじゃぁウサギ肉のトマト煮込みと水を二つずつ」
アズが注文すると看板娘は一瞬だけ無表情になり、すぐさま清々しいまでの作り笑顔を浮かべた。……つらい。
「──かしこまりましたー! ウサギ肉とトマト煮込みが二つ、水が二つですね! 以上でよろしいでしょうか?」
だからどうしてマリオンの方を向いて聞く? というか腰を屈めたその体勢は、胸元が大きく開いたその衣装ではおっぱいアピールが凄いことになっているのでは? では?
気になるアズであったが、こちらからは背中しか見えない。いやまぁ、背中側も結構な肌色を露出しているんだけどもさ。ごっつぁんです。
「いや、それで構わない」
マリオンが言うと、看板娘はようやくキッチンの向こうへズコズコ引き下がっていった。
「……その、アズは積極的な女性は好みだったりするのか──ってどうした。疲れた顔をして」
「いえ、何でも。はは、何でもないんで大丈夫です」
顔面偏差値の違いでこうも女性の反応が違うとは。
アズは厳しい現実に空笑いで対抗する他なかった。
ウサギ肉のトマト煮込みはオススメするだけあって美味しかったが、何故だろう。ちょっと塩分が濃くないかな、はは。
◇◇◇
「なるほど。つまりクエストには難易度に応じた貢献度が設定されていて、一定ポイントの貢献度を溜めるとランクが上がるのだな?」
「はい。たださっきの受付嬢──ユズハさんが言っていたように、ランクの離れている同士がパーティーを組むと、高ランクの人に入る貢献度が下がる仕組みになっています。今回の場合だと、俺とマリオンさんは二ランク離れているので、俺に入る貢献度はゼロですね。一ランク差だと四分の一は入るんですが」
「ふむ。ひたすら低ランクのクエストを続けてランクが上がらないように──つまり実力不相応にランクが上がるのを避けるためだな? ……だがこの仕組みだと、下のランクの者が高ランクにくっついていくだけでランクが上げられてしまうのでは?」
マリオンの懸念は俗にいうパワーレベリングという奴だ。
「そうですね。ランク差のあるパーティーだと高ランク側は貢献度が得られないという仕組みは、パーティー間のランク差を縮める為でもあり、最初に俺が言ったように高ランク側が不相応にランクが上がらないように、という保護の面があります」
「うん、そうだろうな」
「そしてマリオンさんの懸念はもっともですし、事実そういう例はよく聞きますね」
「……うん? では何も対策を取らないのか?」
疑問符を頭に浮かべるマリオンに、アズは二つ指を立てて見せた。
「理由は二つあります。一つ、まず冒険者ギルドのランクを上げる恩恵は、高ランクのクエストを受けられるという点のみです。冒険者で一旗あげようとするなら高ランクの──高難度のクエストを受ける必要がありますが、それ以外で冒険者にとってランクを上げる意味はありません」
精々が一般人相手に「俺様はAランクなんだぞー」と威張り散らす事が出来るぐらいか。
もっとも、Aランクまでパワーレベリングするのは大変な労力を有するし、高ランク冒険者との伝手と莫大な報酬も必要になる。その両方を満たすともなれば精々が貴族であり、そんな事をして化けの皮が剥がれた時、そいつは貴族社会で生涯後ろ指差されることだろう。
しかし悲しいかな、パワーレベリングでランクを上げようとする成金貴族は後を絶たない。
そういう意味では、この前のサドスは──人格は最低だったが──全うに腕があった。
「アズ?」
「あぁ、すいません」
思考が横道に逸れてしまった。
アズは周囲を軽く一瞥し、人目が無いのを確認すると身を乗り出し、唇をマリオンの耳に近づけた。
「な──⁉ んな、なっなぁっ⁉」
「もう一つが、ですね。……あまり大きな声で言えないんですが、そんな風にランクを上げた輩をギルドは守るつもりが無いんですよ」
冒険者ギルドは、冒険者のための互助会である。
それが助けるつもりが無いとは、とても声を大にして言える筈が無かった。
いかな冒険者のためとて、ギルドは慈善団体ではないのだ。
腐った林檎が勝手に間引かれてくれるなら、それに越した事はないという考えだ。
「ってマリオンさん、聞いてます? ……マリオンさん⁉」
「へ⁉ あ、あぁ……」
マリオンの顔が熟れた林檎のようで。
どうしたのだろう、とアズが声を掛けようとした瞬間。
「うわ! 見て見て! ちょーイケメン!」
「あんたらも二人なん? 良かったらあーしらとパーティー組まない?」
ギャルギャルした女冒険者二人組が話し掛けてきたではないか。
アズは強いショックを受けた。逆ナンなど都市伝説だと思っていたからだ。
──これは、出会いのチャンスでは⁉
アズは自ら女性を誘うような積極性は無い。だが据え膳を逃すほど草食系ではなかった。
「えぇ、勿論いいで──」
「すまない。今は私はアズ以外と組むつもりは無いんだ」
「え、ちょ、マリオンさん⁉」
パーティーリーダーは俺ですよね⁉ そう、口にすることは出来なかった。
何故なら、マリオンがこれでもかと不機嫌を全身で発していたからだ。
「……ねぇ、この二人って──」
「え、マジ? でも確かによく見ると……」
ギャル二人がこそこそと何か言い合っている。
かなりの小声で会話の内容までは聞き取れないが、チラチラと視線を向けてくるのは何故だろう。
「あ、すいませーん! あーしらちょっと勘違いしてたみたいでー」
「そうそう! 二人の邪魔するつもりは無いって言うかー」
「え、あの⁉」
「「さよなら‼」」
「あ、ちょっと⁉」
ギャル冒険者は風のように去ってしまう。
アズの伸び掛けた手が、情けなく宙を彷徨っていた。
「……なんだ、その目は。アズもあんなチャラけた娘は好みじゃぁないよなぁ⁉」
「うぅ、はい……」
「ねぇ、見た見た⁉ あのイケメンの目!」
「うんうん! あれは完全に恋する乙女の目だったわ!」
酒場の隅、アズとマリオンが座る丁度対角線に位置するテーブルでギャル二人組は遠巻きにアズらを見詰めていた。
「はー、やっばいわー。あんなイケメンが、ねぇ」
「いやいや、よく見るとアズ? って方も結構いい線言ってたよ」
その話題は先程の逆ナンしようとしたアズ達の話だ。
「いいよね……」
「うん、尊みが深い」
しかしその目はどこか陶然としている。
「いいよね、マリ×アズ」
「アズ×マリいいよね」
「お」
「おお?」
だが、次の瞬間、彼女らの顔は冒険者のものになった。
──殺気に溢れた冒険者の顔に。
「はー? あんた目が腐ってんの? どう考えてもマリ×アズでしょー?」
「あんたこそ脳味噌腐ってんの? 一見強気に見えるマリオンが受けなのが当たり前じゃん? 王道が王道なのは王道たる理由がるからだし」
「……」
「……」
「上等じゃん⁉ 神前決闘で白黒付けるし‼」
「はー? いいわよ、表出ろやゴルァ‼」
……一つのパーティーが崩壊の危機に瀕していた。
幸いにして、供物たる誓いが神に認められなかった為、神前決闘は行われなかったようだが。
……え、もしかして認められなかったのは神様がマリ×アズかアズ×マリか。どっち派か決まってるからじゃないですよね? 無いですよね、ね?
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