僧兵ブレア

王都

 王都ノルン。

 この魔物溢れる世界では、ごく一般的な城郭都市だ。

 城下内部には外壁の他に更に一枚、平民街と貴族街を隔てる壁があり、外周部の城壁の外側には貧民街スラムが拡がっている。

 城下街の治安は良いが、貧民街スラムでは魔物相手より人間同士のいざこざが毎日絶えない。

 そんな街で冒険者の活躍のネタがあるのだろうか? まさか貧民相手に衛兵の真似事でもしろと?

 ──それがあるのだ。

 往々にして都市が発展するには幾つかの条件がある。

 まずはともあれ立地である。水はあるか? 土壌は豊かか? 開拓が容易で人が住むに適しているか? これらを満たさなければ、大都市に発展するなんて、とてもとても。

 そしてもう一つ、魔物の脅威が少ないという、この世界特有の条件がある。

 魔物が多かったり強かったりすると、労力が対処に追われて街の発展に手が回らないのだ。

 尤も、そういう場合でも大量の素材や希少な素材を求め冒険者が集まり、好循環が生まれることもあるが、かしこ。

 しかし何事も例外というものがある。

 それがこの王都ノルン。人間同士が頻繁にトラブルを起こす程に、ノルンは魔物の脅威から遠い。だが、ノルンを目指す冒険者は多い。何故か?

 それは王国名を冠するこの王都ノルンが、迷宮ダンジョンと共に発展してきた都市だからだ。

 別名『迷宮都市ノルン』。荒くれ者どもの夢と希望、欲望の坩堝るつぼであった。


◇◇◇


「まずは冒険者ギルドですね」

「うむ、そうだな」

 冒険者が拠点を移す場合、新しい街での冒険者ギルドで登録を行う必要がある。

 マリオンに異存はなく、二人は並んで王都を往く。

 すると通り過ぎる人々の、主に女性が足を止めて振り返った。

(いやま、王都でも滅多にお目に掛かれないイケメンだもんなぁ)

 その女性達の視線はマリオンに注がれており、目はハートマークになっている。

 鎧を着ていても脱いでも、注目を浴びる人だなとアズは思った。

「しかし、アズの言った通りだな」

「え、何がです?」

 マリオンの横顔を見詰めていたのがバレたのかと、アズはドキリとしてしまうが、そうではないらしい。

「ほら。ハーベンジャーでも人が多かったろう? その時アズは、王都はそれ以上だと言っていたろう? まったく、その通りだな……」

 あまりの人の多さに目眩を覚えたのか、マリオンは目を細めて辟易した様子だ。

「はは、これが慣れるもんですよ。それにほら、住めば都っていうじゃないですか。案外この騒々しさも愛着が湧くものです」

「そういうものか……? 私は故郷の静かで長閑のどかな空気の方が好きだな。そ、その、アズはどうなんだ? ほら! いつまでも冒険者は続けられないだろう⁉ 引退したら都会に住みたいのか、それとも田舎でスローライフを送りたいとか、何か希望は無いのか⁉」

 今から冒険を行うというのに、引退後の話をするマリオンにアズは苦笑を返す。

「そうですねぇ。都会過ぎず田舎過ぎず、っていうのが理想ですかね。この前のハーベンジャーなんかはその点、近いですね。あぁでも、ザメル家みたいな悪徳貴族の勢力が強いのは頂けないかなぁ」

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 何が成る程なのだろうか。マリオンはしきりに頷いている。

 不意に会話が途切れた。

 何せ人間、ずっと喋り続けるような生き物ではない。このような空白は得てして生じるものだ。それを気まずいと思うか心地よいと思うかは人それぞれだろう。

 そしてアズはというと──。

(なんだろう、マリオンさん……? なんだか落ち着かないみたいだけど)

 隣の男装美女が気になっていた。

 異性的な意味では常に気になっているが、今回に限りそうではない。

 ソワソワと、何かを考え込んでは口を開こうとして、やっぱり口を閉じるを繰り返し。ハーベンジャーで見せたおのぼりさん的なものとも違う。

 それならばと、アズは自分の方から触れることにした。

「あの、マリオンさん? どうかしましたか?」

「あ、いや! その、だな……」

 これで「何でもない」と言われればそれ以上追求する気は無かった。

 突然話し掛けられたことでマリオンの肩が大きく跳ねた。見てるこっちが驚くほどに。

「言いたくないのなら良いですけど。ほら、俺とマリオンさんの仲じゃないですか」

 なんだかこんな遣り取りを以前もしたなと、アズは微苦笑を浮かべる。

 すると観念したマリオンがゆっくりと口を開いた。

「手をっ! 繋がないかっ⁉」

「は──?」

「いや深い意味は無いんだ深い意味は! ただな、ただな⁉ こう、人が多いと、……えーと、そう‼ 迷子にならないかと不安になってだな⁉」

「はぁ」

 何故かあたふたと、コミカルな動きをしながら一息に捲し立てるマリオン。

 確かに、成人にもなって迷子が心配だと口にするのは恥ずかしいかもしれないが、それにしても恥ずかしがり過ぎである。

 そういうことなら──。

「離れないでくださいねマリオンさん」

「っ~~~! あぁ……!」

 アズはマリオンの手を自然に取った。

 剣ダコはあるものの男とは明らかに違う柔らかな手が、きゅっと握り返した。

「キャァ──────ッ⁉」

「?」

 一部の女性陣から黄色い悲鳴が上がった。

 何故だろうか? ふと、アズは自分たちの現況を見詰め直す。

(……あれ? これ他人から見たら、いい年した男が仲良く手を握ってるように見えるんじゃ……?)


 その通りですイグザクトリィ


 その事実に至りアズは慌てて手を解こうとして──止めた。

 何せマリオンがニコニコと満面の笑みを浮かべているからだ。

(まぁいいか……。知り合いにさえ見られなければ)

 考え直し、アズも握る力を少しだけ強める。

 マリオンの笑顔に朱が差し、先程よりも大きな黄色い歓声が上がった。

 ──だがアズは王都の人目の多さを甘く見ていた。

 これが後にアズに災いをもたらすのだが、それはもうちょっと先の話。

 こうして二人は、他人から見たら仲睦まじい以外の何物でもない様子で冒険者ギルドへ向かった。

 ……さすがにギルドに入る際には、手を離したようだが。

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