マリオン(男?)がなかまになった!
「ざっけんなあぁぁぁっ‼ 認めねぇ、認めねぇぞ俺が
「うわっ⁉」
意識を取り戻したサドスが突如として立ち上がった。
その手には未だ折れた剣が握られており、瞳には爛々と、狂気にも似た色が灯っていた。
意外と元気そうなことに安堵するアズとは対象的に、マリオンは素早く立ち上がると腰の剣を抜いた。
「見苦しいぞサドス! 貴様も貴族としての誇りが一片でもあるのなら、結果を潔く受け入れたらどうだ‼」
「ふ、っざけんな‼ 何かの間違いだ‼ 俺ぁ貴族だぞ⁉ なんで俺が
「……そうか、残念だよ」
「マぁリオン──‼」
正気を失った様子でサドスが剣を振り上げた。
だのにマリオンは──剣を引いた。
「マリオンさん⁉ 痛ぅっ⁉」
「大丈夫だアズ。……大丈夫なんだよ」
マリオンの意図は読めぬが、彼女を庇おうとアズも立ち上がろうとするが、全身の痛みと疲労がそれを許さない。
対してマリオンは迫る凶刃を前に、諦めたように呟くだけで避けようともしない。
「マリオぉン‼ 俺のものにならないなら────」
死ねと。サドスの言葉は最後まで紡がれることは無かった。
代わりに彼の喉が発したのは、……この世のものとは思えない、絶叫だった。
「うぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ⁉」
間合いにしてあと一歩というところまでサドスが迫った瞬間、突如サドスの身体が青白い炎に包まれる。
不思議にも直ぐ目と鼻の先で人一人が猛火に包まれているというのに、アズは熱さを全く感じなかった。
「な、何が……?」
「……アズ。お前は神に誓ってくれたな。金輪際私と関わるな、と」
「あ──」
──神罰。
誓いを破った者には神罰が下ると聞き及んではいたが……。
アズは目の前の光景とその単語がすぐには結びつかなかった。
だが、死ぬでもなくひたすらに苦しみのた打ち回るサドスを見れば、少しずつ実感が湧いてきた。
「うぎゃあぁぁ⁉ き、消えねぇ⁉ な、なに見でる⁉ さっさとだすげろオマエラ‼」
地面を転がり火を消そうと試みるも、火勢は弱まるばかりかサドスが抵抗の意思を示すと勢いよく燃え上がる。
サドスは取り巻きに助けを求めるも、誰一人として神罰を恐れ動こうとしない。
「ぢ、ぢくしょおぉ‼ あ、熱い! あづいいぃぃぃぃっ‼」
炎の勢いは落ちず、またサドスに安寧の死が訪れる気配も見えない。
ようやくして火が消えたと思えば、そこには変わり果てたサドスがいた。
毛髪は全て焼け落ち全身の肌はケロイド状に爛れ、焼け焦げた肉は鎧や衣服と癒着し、剥がそうとすれば激痛というにも生ぬるい痛みが奔ることだろう。
「あ、あがぁ……。あづいぃ……、あづいぃ……」
既に火は消えているもサドスは譫言のように「熱い」と呟き続ける。
そんな哀れみを誘うサドスであったが、手を差し伸べる者は一人としていなかった。
◇◇◇
「ふあぁ~~ぁ……。昨日は大変な日だったなぁ……」
──サドスが神前決闘で負けた。ばかりか誓いを破り神罰を受けた。
厄介者の自業自得は千里を駆ける勢いでハーベンジャーへ広がり、祭りは更に活気を増した。
そんな異様な熱気の中、立役者であるアズは手厚い歓待を受けた。
今泊まらせて貰っているこの宿も住人たちの厚意によるものだ。
内装は豪華で、調度品も見るからに高い。万一壊しでもしたら、どれだけの額を請求されるか、考えるだけで金玉が縮み上がる。
「それにしても、昨日の安宿とはベッドも大違いですよねぇマリオンさん──あ」
隣のベッドでまだ寝ているだろう人物に声を掛けて、アズは思い出した。
(そっか……。マリオンさんは実家に戻ったんだった……)
空っぽのベッドを見てアズはようやく思い出す。
決闘の後、マリオンは実家に戻ると言い出した。
アズは「まぁ当然か」という気持ちと「寂しくなる」という気持ちが丁度半々であった為、彼女の意思を尊重した。
こうしてまた一人旅に戻ったアズだが、窓から街を見下ろし息を吐いた。
「はぁ……。これからどうするかな……」
そも王都へ行く、という当初の目的も前のパーティーを抜ける為に吐いた咄嗟の嘘である。そこまで本気で目指さなくてもいいのでは?
昨日の決闘を経て、一種の燃え尽き症候群を患ったアズはそう思い始めた。
幸いにも、サドスを倒したハーベンジャーの住人はアズに好意的だ。
いっそここを拠点に、しばらくは冒険者活動をしても良いのでは?
「……とりあえず出かけるか」
アズは外套に袖を通し、宿を出た。
ハーベンジャーの祭り──昔、日照り続きで水不足のハーベンジャーを、通りすがりの聖女が雨を
急ぐ旅でもあるまい。結論は祭りが終わるまでに出せばいい。
こういう時、意思決定が自分のみで済む一人旅は気楽だ。……いや、やっぱりちょっと寂しいな。
そんな寂しさを誤魔化すように、アズは祭りの喧騒に溶け込んだ。
そうして決闘の日から五日。アズはまだハーベンジャーに逗留していた。
祭りの残り香もすっかり失せ、ハーベンジャーは常の落ち着きを取り戻している。
通りの溢れんばかりの人は鳴りを潜め、あれだけ沢山あった出店の数々も今はどこにも見当たらない。
祭りの内に結論を出すつもりであったが、二日ほど予定より伸びてしまった。
まぁ焦るもんでもないと、アズはようやく重い腰を上げて馬車の寄り合い所へ向かっていた。
結局、アズは当初の目的通りに王都を目指すことにした。
目的の無い旅もいいが、目的のある旅もいいもんだ。
……それに、一人になったことで王都の活気が恋しくなったというのもある。
女々しい理由だと、アズは苦笑しながら寄り合い所へ歩を進めてゆく。
「ねぇ、あの人今日も来てるわよ?」
「あなた声掛けて見なさいよっ。ワンチャンあるかもよ?」
「ムリムリムリ! あんなイケメン、腰が引けちゃうわよ!」
もう少しで寄り合い所というところで、きゃいきゃいと楽しげに言い合う女子の会話が耳に入った。
盗み聞きとは趣味が悪いが、彼女らの声が大きすぎるのだ。自然と耳に入ろうというもの。
(イケメン?)
会話の内容が少しだけ気になったアズは、そのイケメンとやらがどんなものか。折角だから拝もうと目を動かすと、件の人物はすぐに見つかった。
何せアズが向かおうとしている寄り合い所の入り口で、腕を組みながら立っているからだ。
(あぁ、彼女らの声が大きかったのは、あわよくば向こうから声を掛けてこないかと下心からか)
合点のいったアズは改めてイケメンを見る。
……確かに、男女百人に聞けば九〇人がイケメンだと言う外見だ。
整った目鼻立ち、輝くブロンド後ろで一房に纏めている。物語の王子様が飛び出してきたみたいだ。
着ている服も、一見して高価だと分かるが着られている感がない。おそらく貴族なのだろう。
(いや、しかし。お貴族様が何の用だ……?)
女の子らの会話から、彼は連日寄り合い所に来て、更には待っているのだろう。
その端正な顔の眉根には深い皺が刻まれていた。
待ち人来ずとは、大変だな──そう、他人ごとと思いつつ寄り合い所の入り口を潜ろうとして──。
「遅い‼ いつまで待たせるつもりだ‼」
「はへ?」
イケメンが、アズの腕を掴んだ。
「あ、痛たたたたっ⁉ あのっ、人違いじゃないんですか⁉」
「間違えるものかっ! いいから早く来い‼」
「あの、ちょっとぉ⁉」
アズはそのままイケメンに引き摺られるように連れて行かれ、あれよあれよと馬車に押し込まれた。
……あれ? これ拉致じゃね?
通常の寄り合い馬車とは違い、貴族が乗るような馬車に乗せられてようやくアズは現状を理解した。
そうしてイケメンも乗り込んできて、何故か対面ではなく自分の隣に座った。
しばらくすると馬車は動き始めてしまい、窓の向こう、遠ざかるハーベンジャーが見えた。
「……」
「……」
重苦しい沈黙が、馬車の中を支配していた。
結局、このイケメンは誰なのだろう?
何が気に入らないのか、非常にブスっとした顔をして。折角のイケメンフェイスが台無しである。
「……まだ分からないのか?」
「あの、分かるって何が、です……?」
怒りを押し殺した様なイケメンの声に、アズは恐る恐ると言った様子で返事をする。するとイケメンは一言、「鈍い!」と怒鳴り衝撃の真実を突き付けてきた。
「私だ! マリオンだ! まだ分からないのかアズ⁉」
「は──へ⁉ ま、マリオンさん⁉」
自分をマリオンだというイケメンに、んな馬鹿なとアズはイケメンの顔をまじまじと見詰めて──その事実を認めた。男装したマリオンの頬は何故か薄っすら朱に染まっていた。
「え、え、えぇ⁉ ま、マリオンさんっ、鎧はどうしたんですか⁉」
「実家に置いてきた。確かに、アズの言う通りあの格好は目立つからな」
「え、何か印象が違うんですけど?」
「ふふん、凄いだろう? 化粧をしているからな」
「はー……」
化粧一つでこうまで印象が変わるものか。
以前のマリオンも凛々しくはあったが、どこを切り取っても絶世の美女であった。
だが今は中性的な顔立ちをした美男子にしか見えない。
アズは化粧の怖さを胸に刻んだ。
「えと、何故に男の格好を?」
「まぁ変装だよ。貴族であるということは、便利さと不便さが表裏一体だからな。……そ、それに貴族のままだとアズと一緒になれないしそのゴニョゴニョ」
そう言って髪を掻き上げるマリオンは、伊達男そのものなのだが、何故か唐突に声量を落として何かを呟いていた。
「なるほどー。それにしてもお久しぶりですね。元気でしたか?」
「……鈍チンめ。……そっちこそ壮健そうで何より──じゃないっ‼ アズ! 何故すぐに寄り合い所に来なかった⁉」
「えと、まぁ、その。……色々ありまして」
言い籠もるアズに、マリオンは諦めたように溜め息を吐いた。
「はぁ、まぁいい。こうして無事合流出来た訳だしな」
「え、合流って?」
「寝惚けているのか? 言ったろうアズ。お前を守ってやるって」
「あぁー……。そんなこと言ってましたっけ」
アズはマリオンと王都への道中を一緒することになった、当時の一連の流れを思い出して納得した。
申し訳なさからアズは口を開く。
「いや、そんな。無理しなくていいんですよ?」
「騎士に二言はない! それに、お前に貰った恩も返さなければな!」
何故かマリオンは怒ったような口調で宣言するのだ。
義理堅い彼女のことだ。無理に突っぱねても、決して首を縦には振る舞い。
アズはこの話題は引っ込めて、どうしても気になっていたことがあった。
マリオンを怒らせるかもしれないが、アズにとっては切実な問題でありどうしても聞かずにはいられなかった。
「あの、マリオンさん? ……お○ぱいはどうしたんです? 取っちゃったんですか⁉」
そう、あの見事な九〇のFがまるで見当たらないのだ!
「取るか馬鹿! ……さらしを巻いているだけだ。結構苦しいんだぞ?」
「へー……」
視線が自然とマリオンの平らになってしまった胸元へ吸い込まれる。
そんなアズの、ちょっと下心の混じった視線を感じてマリオンは恥ずかしさと共に嬉しさを感じた。
「……五日だ」
「へ、何がです?」
「お前と分かれて五日! つまり最後にお乳を絞ってから五日経っているんだ!」
「ぶへぇ⁉」
唐突に、またも衝撃的な報告をするマリオンにアズは
……まさか、この後の展開も同じじゃないよな。
同じでした。
「王都に着いたら今夜、またお乳を絞ってもらうからな!」
「はあぁぁぁぁんっ⁉ なんでですか⁉ だから自分でやって下さいよ‼」
「ダメだ! アズはこれからずっと私の専属おっぱい揉みスターとして働いてもらうんだからな‼」
「なんですかその称号⁉ 勘弁してくださいよおぉぉぉっ⁉」
男装をしたマリオンが下手くそなウインクをしてきた。
不名誉な称号を与えられたアズの情けない悲鳴が王都の道中に木霊する。
だが、その叫びはどこか嬉しそうだった。
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