決着
マリオンは俄には目の前の光景が信じられなかった。
アズが、突然狂ったかのような動きをしたかと思えば、その動きは回を重ねる毎に目に見えて良くなっていくではないか。
技術は無い。技も無い。マリオンから見れば児戯も同然の剣技だが、それでも──。
「っ!」
アズの剣がサドスを捉える。引き裂かれた鎧の荒い切り口は力任せに斬ったソレだ。自分に
そして今──。
「いっけえぇぇぇアズ────‼」
アズが大きく剣を振り──。
「うおぉぉぉぉッ‼」
彼らしからぬ獣の如き咆哮を上げながら、全力で剣を振り下ろした‼
その一刀はサドスが反射的に防ごうと掲げた剣を断ち、鎧諸共サドスを袈裟斬りした。
……一拍の静寂の後、サドスが前のめりに倒れるも練兵場は奇妙に沈黙を保ったままだった。
そして数瞬遅れてアズもまた、剣を杖にしながらも膝から崩れ落ちる。
「はぁ、勝った……」
呟きはやけに響き。
気付けば私は駆け出していた。邪魔な兜を脱ぎ捨て。
涙塗れの顔を見られてしまうが、構うものか。
(アズ……! アズ、アズっ‼)
「アズぅ──‼」
「うわっ⁉ マリオンさん⁉ ……勝ちましたよ」
「馬鹿っ! そんなのっ、お前が無事なのに比べたらどうでもいいんだ! …………でも、ありがとう」
走る勢いそのままにアズへ抱き着くと、既に体力が底をついていた彼に抱き留める力は残っていなかった。
結局、私が押し倒す形になり、馬なりになってアズの胸を叩いた。
すると血だらけの、彼の顔が困ったような笑みを形作って、私の胸はどうしようもなく高鳴った。
そして安心から、私は思っていた疑問を口にする。
「あ、アズ……。そのな? 今聞くべきことじゃないことは分かっているんだがな? ……一つ聞きたいことがあるんだ」
「はい」
「その、決闘前、お前が言っていたことなんだがな? お、おおお前と私が、そのこ、ここここ、こい──」
「こい?」
「こここっ⁉ 恋び──」
マリオンが決死の覚悟で真実を確かめようとした瞬間。
ドワっと。決闘の行く末を見守っていた観衆から地を揺るがすような歓声が起こった。
「恋人だと云うのは本当か⁉」
「うわっ⁉ ……すごい歓声ですね。あいつよっぽど嫌われてたんだな、ってすいませんマリオンさん。今何て言ったか、よく聞こえなかったんですけど」
「……なんでもない」
マリオンは肩を落とした。
いや、分かっているのだ。自分とアズが恋人などと、サドスを挑発する為の方便だと云うのは。
そうだ。こんなどさくさ紛れに恋仲になろうなんて、浅ましいぞマリオン!
でもなぁ……。やっぱり、という気持ちが抜けきれず、マリオンは深い溜め息を吐いた。
「はぁ~~~……」
「ど、どうしたんですかマリオンさん? そんな溜め息⁉」
「いや、違うんだアズ。ただちょっと、世界はどうして丸いのか考えていただけなんだ」
「そんな哲学的なことを⁉」
誤魔化すあまり、意味の分からない事を口走り過ぎたか。
アズがあたふたと困惑していた。だが「そうだ」と、突然笑顔を見せてきた。
ば、ばか! そんな不意打ち気味に笑顔を見せるんじゃないっ、うぅ……。
「マリオンさん! 朗報ですよ! 実はですね、マリオンさんのお父さんの借金──」
「え?」
アズの説明に、私は開いた口が塞がらなかった。
父の負った借金が、実はサドスの根回しによる奸計であるのと。それが事実なら商人は詐欺罪に共謀罪、借金そのものが不当であると無くなるかもしれない。
「良かったですねマリオンさん!」
「あぁ……、あぁ! これで父も母も、領地の民にも苦労を背負わせずに済む!」
私の声は情けなくも震えていた。せめて涙だけは見せまいと堪えるも、手は自然と目尻を拭っていた。
だから。だから次なるアズの言葉に、私は背中に氷柱を突き刺された気分になった。
「これでマリオンさんもファルメル家に戻れますね!」
「え──────」
良かった良かったと、本当に目出度そうに云うアズに私は言葉を失った。
(そっか……。借金が無くなれば、私が家出する理由も無いんだな……)
喜びから一転、私の心は深く沈んだ。
だが、アズの喜びに水を差すのが嫌で、私は笑顔で「そうだな」と答えた。
……上手く、笑えていたろうか?
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