ハーベンジャーは交易によって栄えた街だ。

 東西を貫く交易路に沿って出来た、横長の、拡張に拡張を重ねた不格好な街並みをしている。

 王都圏の外縁部に位置し、王家の権力よりも地方貴族の影響力の方が強い。

 この地を治めているのは確かカソック家だったと思うのだが、記憶に自信が無くマリオンに尋ねる。

「おおむねアズの認識で正しいぞ。ただカソック家は男爵だからな、伯爵であるザメル家の影響は避けられないだろうな」

「……それじゃぁ、ここも早く抜けないとですね」

 ハーベンジャーがザメル家の影響下であるのならば長いは無用である。

 幸いにしてハーベンジャーからは王都への馬車が出ている。この距離から王都までなら金貨四枚ほどか、手痛い出費になるが背に腹は代えられまい。

 だのにマリオンの返事は歯切れ悪い。

「う、うむ。そうだな」

「……マリオンさん。今更隠し事は無しですよ」

 おっぱいを揉んだ仲なんですし──とは思っていても口にはしない。口は災いの元なのだ。

 思えばマリオンはハーベンジャーに着いた時から、どこかソワソワしていた。鎧姿だから今一つ自信はないが、浮ついていると言っても良いかもしれない。

「アズ、聞きたいんだが、ハーベンジャーのような街では普段からこんな大勢の人がいるのか?」

 意外な質問であったが、アズは腑に落ちた。

 落ち着きのないマリオンの姿は、俗に云うおのぼりさんのものだと解ったからだ。

 失恋の都度、流離さすらうアズは旅の経験値が高い。だが、初めて大都市に着いた時は似たような感想を抱いたものだ。

 所狭しと建ち並ぶ背の高い建造物。道を埋め尽くす人々。目移りしてしまう店舗の数々。

 気も目も、休まる暇が無かったものだ。

「そう、ですね。王都なんかはもっと活気がありますよ。ただハーベンジャーは違います」

「ん、どういうことだ? 現に大勢の民で賑わっているじゃないか」

「宿場街の人たちが言っていたじゃないですか。祭があるって」

「あぁ。あれはハーベンジャーのことだったのか」

 そう。ハーベンジャーの喧騒は大したものだが、常ならぬものではない。ハレの日特有の賑わいである。

 かきいれ時だと行商人が集い、その商品を目当てに人が集い、人が集まれば仕事も金の動く量も必然増える。トラブルの数も、だ。

(まずいな……。木の葉を隠すなら──って話だけどマリオンさんの鎧姿は目立ち過ぎる。民衆に隠れるどころか噂になるぞ……)

 アズとしては早く去りたい街なのだが。

「……少し見ていきますか?」

「い、いいのかっ⁉」

 マリオンが何故落ち着かないのか、単に人混みが珍しい訳ではあるまい。鈍いアズにだって、それくらい分かっていた。

 アズが提案するとマリオンは実に嬉しそうに答え、そそくさと出店へと向かってしまった。

 幸か不幸か、マリオンは目立つ。

 見失う可能性は限りなく低いだろう。アズは苦笑しながらマリオンの後を追った。



「いや、凄いな。物も食料も溢れんばかりだ」

 マリオンはホクホク顔である。声からして、多分。

 両手一杯に土産を抱えるマリオン。串焼き、綿菓子、りんご飴、鉄板焼きエトセトラ──。

 ……見事に食い物ばかりだ。

 この栄養があの胸を作り乳を生み出すのかと、アズは割りかし最低な思考をした。

 マリオンはバイザーを上げると早速串焼きに齧り付く。

「ん、美味い! 食べたことのない味だが、タレが染みていて美味いな! アズも一つどうだ?」

「いただきます。……それにしても意外ですね。お貴族様ならもっと良いものを食べてるでしょうに」

 アズは周囲の人影を見回し、念のため声のトーンを落とす。

「……お前は貴族を誤解しているぞ。確かに、華々しい生活を送る貴族も多いが、地方の下位貴族なんかは大部分爪に火を点すような生活をしているんだ。私も剣の修練時以外は鍬を振るっていたものだ」

「そうだったんですね」

 思いがけず貴族の実情を知ったアズ。なんとも夢の壊れる話であった。

「そうかぁ。勿体無いですね、マリオンさんはお綺麗ですからドレスも似合うと思ったんですけど」

 マリオンの口からミンチの散弾銃が放たれ、見事にアズへと襲い掛かった。

「ぶふふぅ──────っ⁉ ばっ⁉ お、おおおお前は何を⁉ に、似合っ⁉ なん──っ‼ 何を言っててててっ⁉」

「うへぇ⁉ ま、マリオンさん落ち着いて‼ すっごい見られてます‼」

「だ、誰のせいで‼ うぅ……、お肉ぅ……」

「肉の心配より俺の心配をして欲しいんですけどぉ⁉」

 全身フル装備の鎧騎士が盆踊りも斯くやという動きをすれば注目も浴びるというもの。

 全身粘ついたミンチを浴びたアズも注目を浴びていた。

 ──そう、少し騒ぎすぎたのだ。


「おいおいおい! そこに居るのは我が愛しの婚約者フィアンセじゃないか?」


 聞き覚えのない、男の声が響いた。

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