さくやは おたのしみ でしたね
翌。
二人は無言であった。視線も合わせようとしない。
どこか気まずげで、しかし示し合わせたように宿を引き払う準備を進めている。
宿を後にする際、宿の大将のニヤケ面がやけに鼻に付いたものだが。部屋の(母乳塗れの)惨状を見ればニヤケ面も引っ込むだろう。
「……」
「……」
奇妙な沈黙であった。
宿の軒先、一体どちらが先に話し掛けるかという緊迫感を孕んだ、決闘さながらではあったが殺伐とした空気ではない。
いや、むしろ甘酸っぱいというかダダ甘いというか。
今のマリオンは、アズにとって見慣れた鎧姿だ。兜を被っているにも関わらず、ちらちらと、幾度も視線を向けられているのが分かる。
その、あまりに物言いたそうな視線につられて目を向けると。
「っ~~~!」
当然、視線が交錯した。
二人は同時に顔を背け、その頬は赤く染まっていた。
もう結婚しちゃえよ。
──このままではいかん、と。
そして沈黙に耐え兼ねてアズが口を開く。
「あの、マリオンさん!」
「アズ、あのな!」
……同時であった。寸分違わず同時であった。音として無理くり起こすなら「あアのズ、マあリのオなンさん」だろうか。全く、
「マリオンさん……、お先にどうぞ」
「いや……、アズから言っていいぞ?」
「……」
「……」
「ママー、あの二人なにしてゆのー?」
「しっ! 黙って見てなさい!」
「……行きましょうか」
「そ、そうだな」
通りすがりの親子に指摘され、二人は自分たちが周囲の耳目を集めているのに気付いた。
特にマリオンの鎧は、寂れた宿場町には不釣り合いな豪奢さで人目を引く。
宿場町を抜け王都への路に着き、周囲に人影が見えなくはなったが、アズは他人に聞かれぬよう念のため声を潜め口を開いた。
「あの、マリオンさん」
「……どうした」
「昨夜は、その、……い、色々あって碌に話し合いも出来なかったですけど」
「ば、馬鹿者っ! 赤面しながら云う奴があるかっ」
色々、の部分で
マリオンは自分を棚に上げてアズを責めた。兜で表情が読み取られないからって、ずるい。
「すいませんっ。……それでですね、重要なことを幾つか聞きそびれたと思い出しまして。ご実家の方はどうなんです? 当然、マリオンさんが家出したのは知ってるでしょうけど」
「そう、だな。実のところ、父も母も、今回の婚約には乗り気ではないんだ。父がザメル家の長男──サドスとの婚約話を持ってきたんだが、母は猛反対してな」
乗り気ではないお父さんが婚約話を持ってきた? どういうことだろう?
そんなアズの疑念を察したマリオンはフッと苦笑した。
「借金だよ。領地を豊かにしようと事業の拡大に取り組んだ父だが商才は無かったようでな。借金はみるみる膨らみ、遂には首が回らなくなった。……そんな中、援助を申し出てきたのがザメル家だ」
「それじゃぁ、マリオンさんは借金のカタに?」
「そうなるか。落ち目の男爵家を助けようとするところなど無くてな、そんな中、手を差し伸べてきたのはザメル家だけだ。父も苦渋の決断だったのだろうが、母は最後まで猛反対していた」
滔々と、語るマリオンの口調は徐々に平坦になってゆく。
思う所が多々あるのだろう。感情を廃さなければ語れないほどに。
「今回の家でもな、母の協力があってのものなんだ。……こんな、家宝の鎧を持ち出して」
──思い出した。
ファルメル家、どこかで聞いた覚えがあると思ったが。何代か前、当主となる人物が類稀な武勇を湛えられて貴族の地位を得た家だ。彼女の剣の冴えも──決して努力を怠っている訳ではないだろうが──その血筋が為せる技か。
剣の腕のみで貴族になった一族である。そりゃぁ領地経営のイロハは無いだろう。
そっかぁ。家宝の鎧かぁ……。
「なんだアズ。苦虫を噛み潰したような顔をして。言いたいことがあるならハッキリと言うがいい! ……その、私とお前の仲だろう」
勇ましいことを言う割に、最後の方はオドオドとして。堂々としているのかしていないのか、むしろマリオンの方がハッキリしていないんじゃないのか。そんな指摘は出来ないアズであった。
「いえ、ね。言い難いんですが、その鎧姿は非常に目立つんで、別の恰好をした方がいいと提案しようと思ったんですけど」
「……そうか。アズ、すまない。この剣も鎧も、今となってはこれだけが家族との繋がりなんだ。捨てることは出来ない」
ですよねー。アズとて無駄と知りつつの提案であった。
「捨てろとは言いませんよ。でも、何かしら対策は取らないと。今のままだと、すぐザメル家の目に付きますよ?」
「うん、そうなんだかなぁ」
尚もマリオンは渋った。
「まぁ追々考えていきましょう。──ところでマリオンさんは俺に聞きたいこととか無いですか? 俺の方が一方的に聞いちゃいましたけど」
「……ある」
たっぷりと間を取ってから、マリオン戸惑いがちに口を開いた。
「アズは、その、失恋したと言ったな。それより以前に恋人がいたことはないのか? じ、実は故郷で待っている幼馴染がいるとか?」
質問の意図が読めぬアズ。鎧兜を着ている為、マリオンの表情も読み取れない。
ふいにアズの脳裏に故郷の景色が蘇る。子供時代、一緒に駆け回った友人の姿も。
「はは、どちらもいないですね。いたらこうして冒険者はやってませんよ」
「そ、そうか。そうだな、うん」
鎧越しでも分かるほどにマリオンは目に見えて胸を撫で下ろしていた。
マリオン自身、何故安堵したのか己の感情が解らなかった。
「あ、マリオンさん。次の街が見えてきましたよ」
自身の不可解な感情の動きにマリオンが首を傾げていると、アズの喜色を含んだ声が耳に届いた。
視線を前方へと向ければ、立派な城壁が視界に飛び込んできた。
王都までの道中にある貿易都市の一つ、ハーベンジャーは目と鼻の先だった。
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