もみもみもみもみもみもみ

 ボロ宿のベッドは男女二人の体重に軋みをあげる。アズとマリオンが少し身じろぐ度、「ぐえぇ」と情けない悲鳴を上げていた。

「……」

「……」

 二人は無言のまま、ベッドで見つめ合っていた。正座で。

 マリオンは既に鎧を脱いでいた。今は襦袢のようなものを着ており、薄い布地からは下着が透けていた。

 そして何より──。

(九〇のFカップ! 九〇のFカップ!)

 アズの脳内で妖精が小躍りしていた。おっぱい妖精である。キモイ。

 ゴクリと、アズの生唾を嚥下した音がやけに響いた。

(お、おお落ち着け! これは医療行為──そう、人助けだ!)

 アズは必死に己へ言い聞かせる。甲斐あってか、喉から飛び出るほど早鐘を打っていた心臓が少しだけ落ち着きを取り戻した。

 だが、マリオンが恥じらいながら襦袢に手を掛け、白い肌が露わになると誤魔化しなど一瞬で無為に帰した。

 マリオンの肌が僅かにピンクに染まっているのは、はたして蝋燭のせいだけだろうか?

 徐々に、徐々に。まるで焦らすようなマリオンの所作に、アズの限界が達した。

「ちょっと待って下さい!」

「っ⁉ な、なんだ急に、脅かさないでくれっ」

 マリオンの腕を取り、一旦脱ぐのを止める。

 そして何処からか取り出したタオルで己が目を隠した。

「さぁ! どうぞ!」

 貴族であるマリオンの染み一つない美しい肌は童貞のアズには刺激が強過ぎる。

 これからあの、九〇のFカップに手を出そうというのに、視覚情報だけでアズは参ってしまいそうであった。

 故に目を塞いだのだ。瞼を瞑るだけでは、きっと意思薄弱な自分のことだ。途中誘惑に負けて目を開けてしまうだろう。

 ──これはあくまで医療行為なのだ。マリオンの善意にかこつけて、己が下心を満たすなど決してあってはいけない!

 この目隠しは、アズの決意の表れであった。

 だからマリオンが不満そうに口を尖らせていたのを、アズは知らない。


 しかしてアズの決意は裏目に出る。


(うっ……!)

 しゅるりと、衣擦れの音と熱っぽい吐息が鼓膜を震わせた。

 視覚を遮った為、他の五感が鋭敏になってしまったのだ。

 当然、鋭くなっているのは聴覚だけではない。

「っ、……いいぞアズ」

(いいって何がですか⁉ 裸、裸なんですっ⁉)

 一々妄想が止まらない。

 単純に考えれば準備が出来た以外の意味は無いだろう。アズは恐る恐る腕を伸ばす。

 ──指先に、柔い感触が返ってきた。

「ひゃんっ⁉ そ、そこはお腹だ!」

「ひぇ⁉ すいませんすいません!」

 触れ合った瞬間、互いに弾かれたように距離を取る。

 失敗を恐れてアズの手が宙を彷徨っていると、マリオンがその手を優しく誘導する。

「こ、ここだ」

「ふへっ⁉」

 むにゅと、お腹とは比べ物にならないほどの柔らかさが指先から伝わってきた。

 ──なんだこれは。アズの最初に抱いた感想である。

 手に収まりきらぬほどの、ズシリと重い、しかし触っているだけで脳内から快楽物質が分泌されるような柔らかな感触。トクントクンと、微かにマリオンの脈が伝わってきた。

 その柔さの向こう、確かに不自然な張りのような固さを感じる。

「ふぅ……、んっ……」

 くすぐったそうな、……気持ち良さそうな。マリオンの声がアズの脳を甘く痺れさせる。

(医療行為! 医療行為!)

 最早何かの宗教であろうか。アズは脳内で念仏のように繰り返す。

「そ、それじゃぁ揉ませて頂きますね……」

「う、うむ……」

 優しく、壊れ物を扱うようにゆっくりと。アズは付け根から先っちょに向けて、少しだけ力を込めた指先を這わせる。

 自分の手の動きに合わせて、マリオンの喉が声を出すのは、楽器のようだとアズは思った。

 上手くいっているのかいないのか、視界を塞いでいるアズには分からない。

 ……止められないという事は平気なのだろう。そう判断してアズは医療行為おっぱいもみもみを続けた。

 そして物事順調にいき、慣れてきた時にこそ落とし穴はあるものだ。

「ひぁんっ⁉」

「っ⁉⁉⁉」

 指先が、何か固いものに触れた瞬間、マリオンが嬌声──そう、誤魔化しようのない嬌声をあげた。

「っ~~~! き、気を付けてくれっ」

 恥じらったマリオンの声。

 まさか、先ほど自分が触れたのは──っ⁉


 そこに至りアズは悟った。


(無心だ。無我だ。無欲になれアズ。そう、俺はアズではない。謂わばおっぱいを揉むための装置──ゴーレムになるんだ)

 指先から伝わる感触、体温。鼻腔をくすぐる、甘く感じる体臭。脳を痺れさせる声。

 それら全てを脳から遮断し、思考と行動を切り離す。

 アズは無心でおっぱいをもみ──搾乳を続けた。

「あ、アズ……?」

 そんな彼の変化を敏感に感じ取ったマリオン。

 戸惑う彼女を余所にアズは──否、搾乳装置は的確に正確に、九〇のFカップを揉み続ける。

 もにゅ、むにゅ、むぎゅ。

 もにゅ、むにゅ、むぎゅ。

「ひぅ! あ、アズ! 少し待っ、んんっ⁉」

 もにゅ、むにゅ、むぎゅ。

 もにゅ、むにゅ、むぎゅ。

「やっ⁉ アズ! なにか、何かキちゃうから止めんんんっ────ぅ‼」






「──はっ⁉ お、俺は一体何を……?」

 アズが正気を取り戻すと、ぐったりと横たわるマリオンが目に入った。

「マリオンさん、大丈夫ですか⁉」

「……あ、アズうぅぅぅ~~~‼ 大丈夫かだとぉ⁉ どの口が言うんだ! この口か、この口かっ⁉」

「ひぇっ、ひたいひたいひたいっ‼」

 マリオンは自分が母乳塗れなのも忘れて、悪鬼の形相でアズの口を引っ張った。

「この、わた、私はなぁ⁉ 私はなぁ⁉ うぅ、なんてことをしてくれたんだ‼」

「ふいまへん! ふいまへん‼」

 涙目のマリオン。されるがままのアズ。

 空白の記憶の中、嗚呼、一体何があったのだろうか。月のみぞ知る。

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