お○ぱい

 失恋なんて、自分の恥を晒すようで語るのは躊躇われた。

 だが、マリオンが秘密を話して俺が話さないというのは不義理だ。

 それに彼女は、情けない所を見せたって無意味に笑うような人物ではない。短い間ながら、それくらいには彼女を信用していた。

 そして俺はこれまでの経緯を話した。惚れた腫れたと云うのも烏滸がましい、独りよがりな恋、その顛末を。

「──と言う訳なんですけど。ハハ」

 俺は自嘲の笑みを浮かべた。

 だが、意外にも気分は晴れやかだった。全て吐き出したおかげでスッキリしたのかもしれない。

 対してマリオンの反応は憮然としたものだった。

「ふん、どいつもこいつも男を見る目がないなっ」

「うん、そう言ってくれてありがとうマリオンさん」

「っ~~~! べ、別に! 私は感じたままを言ったまでだ!」

 再び沈黙が部屋を支配するも、先程とは違い重苦しいものではない。

 どころか黙っていても心が通じている──そんな気がして心地良さを覚えるほどだ。

「どうしました?」

「その、だなアズ。実はまだ隠していることがあってだな、その……」

 チラチラと、伺うような視線を向けるマリオン。

 はて? 貴族であること、女であること。他にも何かあるのだろうか? ──って男だと思ってたのは俺が勘違いしていただけだけど。

 俺は胸を叩いてアピールする。

「何かは知りませんが、もうこうなればどんと来いです! でも、別に無理に話さなくたっていいんですよ? 人間秘密の一つや二つ持っているもんです。家族相手にだってそうなんですから。まして会ったばかりの他人に云うなんて。もし血も繋がってないのに秘密の全てを打ち明けられる人なんて、云う成ればもう家族以上ですよ!」

「そ、そうか。そうだな……」

 隠し事があるというマリオンの気を楽にする為に、話しても話さなくても良いというアズ。

 気にならないと言えば嘘になるが、無理に聞き出して折角の信頼関係を崩すのは愚の骨頂である。

「もし──もし隠すのが辛くなって話したいと思ったらいつでも聞きますから」

「……うん」

 ──秘密。

 アズはきっと、また勘違いしている。「貴族だったという事実以上の秘密だ、さぞ真剣なものだろう」と。

(違うんだアズ……。い、いや、個人的な深刻さ具合では負けず劣らずの秘密なのだがな、うん)

 アズを見ると、彼はただ優しく微笑んで私の言葉を待っていた。

 話す話さないの意思決定をこちらに委ねたのも、彼なりの優しさなのだろう。

(そうだ。話す必要なんてない。今までだってずっと隠し続けられていたのだから大丈夫、大丈夫だ。…………だが)

 先程のアズの「秘密を打ち明けられたら家族以上の関係」。その言葉が頭から離れない。

(わ、私がこの秘密を話したら、アズと家族以上の関係になれるのか……?)

 素直過ぎるマリオンの脳内では奇妙な図式が成り立っていた。

 マリオンは幻視する。

 ──花嫁姿の自分と白いタキシードを来たアズ。

 ──皆の祝福の中、鐘の音と共に口吻を交わす自分とアズ。

 ──自分の大きくなったお腹を愛おしげに撫でるアズ。

 ──自分とアズと、よく似た小さな女の子。三人で囲む食卓。

(……いい)

 そんな、あるかもしれない未来を想像してマリオンはニヤけた。

 ニヤけたマリオンを見てアズは若干引いた。

 だがトリップしているマリオンはアズの反応に気付かずにいたことで、彼女の乙女心は守られた。

 気付けばマリオンは家族でも母にしか教えていない秘密を打ち明けていた。




「じ、じつは私! おっぱいが出るんだ‼」




「は──────────────────────────???」

「いや妊娠している訳ではないぞ⁉ し、ししし処女だし! ただな、ただな? 体質でな? 放置しておくと胸が張っておっぱいが出てしまうんだ!」

 マリオンは今なんと言った? おっぱい? おっぱいと言ったか?

 …………おっぱいが出る???

「はいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ⁉」

 いやいやいや⁉ それを俺に教えてどうしろって云うんだ⁉

 そう、マリオンはひとしきり叫んで真っ赤になった顔を恥ずかしそうに伏せている──いやいや、そら恥ずかしいでしょうよ⁉

 なんで? なんでそんな話さなくても良いことまで暴露しちゃうんですかこの人は⁉

「あ」

 もしかして、だ。心当たりに至りアズは短い声をあげた。

 ──お互い隠し事は無しにしましょう!

 そう、先程の自分の台詞が脳内で木霊す。

(あ、あれかっ⁉ あの言葉を額面通りに受け取って律儀に守ったのか、この人は⁉)

 なんて不器用で、真面目なんだ‼ アズは驚くやら感心するやらである。

 アズはまじまじと、椅子の上で小さくなっているマリオンを見た。

 あの無骨な鎧の下に九〇のFカップが──おっぱいの出るFカップが隠されているのかと思うと、知らず生唾を飲み込んでしまった。

(い、いかん! マリオンさんは恥ずかしさを押して秘密を話してくれたんだ! それを下心で返すのは不誠実だぞアズ・ラフィール‼)

 アズは目を瞑り、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。よし、大分落ち着きが戻ってきた。 

 ……お乳が出るなどと、衝撃的な告白であった。しかしこれ以上のことは、もう無いだろう。

 ──そう考えたアズを甘いと、一体誰が責められよう。

「だ、だからアズに絞って欲しいんだ‼」

「ひ、ヒヒっふぅッ⁉」

 アズの喉から声なんだか呼気なんだか分からない音が漏れる。

 ──完全な不意打ちであった。

 え、どうして? どうして⁉

「どうしてですか⁉」

「定期的に絞らないと痛いんだ! だから、アズに絞って欲しい‼」

「だからの意味が分からないんですけどおぉぉぉ⁉ 自分でやればいいじゃないですか‼」

「アズは私の秘密を知った‼ だから私の秘密に協力する義務があると思う‼」

「だからなんでええぇぇぇぇぇぇぇっっ⁉」

 アズの悲鳴がボロ宿に木霊した。

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