勘違い
王都まではまだそれなりの距離がある。
徒歩でなら順調にいっても、二週間ぐらいか。
「今日はここで一泊しましょうか」
「うむ、そうだな」
マリオンと王都まで共にすると相成った初日。
一度だけ魔物と遭遇したが、マリオンの剣の腕は想像以上で。
群れして襲ってきた五頭のフォレストウルフをあっという間に斬り伏せてしまった。俺が強化を掛けるまでもない。
日も傾いで来た辺り、丁度宿場街に着いたので一泊取ることにしたのだが──。
「いやあ、一部屋空いていて助かりましたね」
「そ、そうだナっ⁉」
この時期、なんでも近くの村で祭りが行われるそうで、宿はどこも混雑していた。
こりゃ野宿かと覚悟をしながら、最後に向かった宿で相部屋が一つだけ空いていた。
見るからに安宿であったが、雨風が凌げるだけで野宿に比べれば何千倍もマシだ。選択の余地が無いためマリオンに相談せずに部屋を取ったのだが……。
部屋を取ってからマリオンの様子がおかしい。
「いや、これで一人銀貨五枚だなんて、ぼったくりもいいところですよ」
二つあるベッドの内一つに腰を掛ける。
ギギッと鈍い音を立てベッドは軋みをあげ、硬く薄いマットは所々ほつれが見える。
その上、食事もお湯もつかないときた。俺の口から愚痴が零れるくらいは多めに見て欲しい。
「そ、そうだナっ⁉」
「……あの、脱がないんですか鎧」
「そうだナっ⁉」
「……」
「そうだナっ⁉」
「まだ何も言ってませんけど」
「うっ⁉ うぐぐ……!」
目に見えておかしい。
話し掛けるフェイントを入れると、面白いようにマリオンは釣られた。
俺が安物のベッドでくつろぐのと対照的に、マリオンは椅子に腰掛けてその場から動こうとしない。ちなみに椅子とテーブルは俺のベッドと対角線──一番離れた場所にある。
……あれ? 俺、嫌われてる?
王都まで一緒にと、誘われたのは俺のはずだが。もしかしたら今日一日の間で、何か彼の気に障ることをしてしまったのかもしれない……!
そう、結論に至った俺が立ち上がると、マリオンはビクリと跳ねた。その反応に俺は自身の考えの正し、その確信を深めた。
──嫌われているかもしれない。そう思うだけで俺の心臓はキュッと痛みを訴えるノミの心臓だが、勇気の振り絞りどころを間違えるほど愚かではないと思いたい。
俺はマリオンの向かいのイスに座り、真っ直ぐに彼を見詰めた。
「マリオンさん。これから王都までの半月、一緒するんです。嫌なことがあったら言って下さい。我慢して険悪な感情を引き摺ることになったら、大事な場面、取り返しのつかないことになりかねませんっ」
「えっ、違──」
「いえ、いいんです! 相手を嫌っているなんて、面と向かって言うのは難しいかもしれません! でも! 俺に悪いところがあるのなら言ってください! お互い隠し事は無しにしましょう!」
アズが私の前で頭を下げている。
どうしてこうなった???
宿場街に来るまでの道中、魔物に襲われた以外は順風だった。
アズと二人で旅をしている──。その事実だけで不思議と足取りは軽くなり、鎧の重さも感じなかった。
多分だが、私は楽しかったのだろう。
フルフェイスの兜故に隠れた表情を指摘する者はおらず、今となっては確かめる術もない。
それはいい。それはいいのだ。問題はその後だ。
宿を取るのに難儀し、ようやく空いている宿を見つけたと思えば相部屋しか無いと云うではないか。
嫁入り前の娘が男と一緒の部屋に泊まるなんて、はしたない真似が出来るか!
そう、私が抗議の声をあげるよりも早く、アズは代金を支払い鍵を受け取ってしまった。
……平民にとってはこれくらい普通のことなのか? 嫁入り前の男女が一緒しても問題ないのか???
分からない。ずっと貴族の生活をしていた私には、平民の普通が分からない。
分からないからこそ、口を挟む暇を逸してしまった。
宿の内装は、それはもう酷かった。ウチの馬小屋の方がまだしっかりしているというものだ。
一歩、踏み出す度に鎧の重さに耐えかねて床板が軋みをあげる。……私が重いんじゃないぞ。勘違いしては困る。鎧が重いのだ。
ギッ、ギッ──。
その音が耳に届く度、着実に部屋に近付いている事実を私に突き付けてくる。
──気付けば私は椅子に腰掛けていて、目の前ではアズが頭を下げているではないか。
もう一度言おう。どうしてこうなった???
……アズはなんと言っただろう。「隠し事は無し」だったか。
「っ」
矢張り限界があったのだ。世間知らずの私が、身分を隠し続けるなんて。
そんな私に、誠実さを見せるアズに対して、……私はどうだ?
不実という名のナイフが胸を抉った。
──気付けば私は兜を脱いで素顔を晒していた。
「すまないアズ。……私は君を騙していた。私の本当の名はマリオン──マリオン・フォン・ファルメル。男爵家の娘なんだ」
……アズがひどく驚いた顔をした。手酷い裏切りを受けたと思ったのだろう。
私は胸の痛みのあまり目を伏せてしまう。
だから、己が耳に届いた言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。
「は、へうぇっ⁉ お、女だったの⁉」
「そう、実は貴族だったん──────ん、女……? ………………どういう意味だアズぅ?」
お互い、何か、とんでもない勘違いをしていたようだな。
確かに、確かに。ふふ、これは話し合う必要があるらしい。
あわあわと青褪めたアズの顔が映るが、私の胸は痛まなかった。
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