出会い

 アズの速度は尋常ではなかった。戦士職でさえ出せそうもない速度を、ただの魔法支援職でしかないアズがどのようにして出しているのか。

 答えは簡単。単に自己強化バフしているだけだ。

 ……ちょっと待て。魔法の発動に必須だと言う集中はどうした、という話になるがそれも簡単な答えだ。

 魔法使いとは基本、足を止めた砲兵である。

 しかし上に行けば行くほど、その足が止まるという弱点を克服しようとするのは必然であった。

 つまりだ。一流の魔法使いは集中を途切れさせぬままに行動することが可能なのだ。

 アズはまだそこまでの領域には達していないが、思考を介さない単純な動作だけなら集中を維持することが出来た。

 そう、例えば走るだとか──。

 自己強化を施したおかげで来た時の十分の一の時間で三叉路まで戻ってきたアズ。

 ドマ婆さんに言われた方の道へと曲がると、彼女の心配は杞憂で終わらなかったようだ。

 ──剣戟と怒声をアズの耳が捉えた。

 アズは更に足を速める。尾を引くような速度でアズが駆けると直ぐ、らしき子連れの夫婦と、彼らを取り囲むガラの悪い男たち。そして田舎には不釣り合いな立派な全身鎧フルプレートに身を包んだ騎士が、剣と盾とを構えて間に立ちはだかっているではないか。

 ──どうする?

 逡巡は刹那。アズは勢いそのまま、チンピラの中でも一番身なりのいい男の背中にドロップキックをかますことにした。


「多勢に無勢だぜぇ? 騎士様よぉ」

「くっ」

(絶体絶命とはこの事か)

 私はその言葉の意味を──出来うるなら生涯知らない方がよかった意味を実感していた。

 切り捨てたゴロツキは十や二十では済まない。

 現に私の足下には悪漢どもの屍が積み上がっている。

 だが、こんな辺境にこれほどの大盗賊団がいるなど、寡聞にして知らなかった。

(せめて親娘だけでも!)

 兜越し、私が決意の視線を投げたのとは対照的に盗賊首領(仮)の瞳はいやらしい弧を描いていた。

「へへ、観念するんだげぶふううぅぅぅぅぅ──────っ⁉」

 勝ちを確信していた盗賊首領(仮)が、突如物理法則を無視し真横に吹っ飛んだ。

 何が起きたのか、タイラー夫妻もゴロツキも、対峙していた私でさえも理解が追いつかなかった。

 ただ盗賊首領(仮)が立っていた場所に、代わりに精悍な青年が現れたではないか。

強化リインフォース!」

(これは! 力が──⁉)

 未だ誰もが状況を飲み込めぬ中で一番に動いたのは、やはり闖入者たる青年であった。

 彼は私に掌を向けて叫んだ。魔法の類かと盾を構えたが、私を襲ったのは強い衝撃ではなく、優しく、暖かな魔力だった。

 疲労は私に、鎧の重さを二倍にも三倍にも感じさせていた。疲労が消えた訳ではない。だが今の私には剣も盾も、鎧すらも羽根のように軽く感じるではないか!

「っ、強化魔法か!」

「あとはお願いします!」

 私の思考の正しさを後押すように、青年の声援が兜越しに届いた。

 疲労は未だ色濃く、全身に泥の如くへばりついている。だが、これなら──ッ!

 私は剣の柄を握り直し、猛然と悪漢どもに襲い掛かった。

「な、何をしてぶべ⁉」

「囲め! 相手は一人だ! 袋にしてぐべらっ⁉」

「は、話が違げぶふぅ⁉」

 ゴロツキどもが正気を取り戻し態勢を立て直すよりも、今の私の剣は速いッ‼

 悪党に容赦は要らぬ──。

 かつてない程の速度で私の剣が振るわれる度に一つ、また一つと、命の輝きが消えてゆく。

 興奮はない。かと言って悲嘆もない。ただ少しの罪悪感が、私の胸を苛むだけだ。

 殺し合いには不要な感情を押し殺し、私は最後の一人を切り捨てた。

「ふぅ」

 僅かに短い吐息を零し、額の汗を拭おうとしてガチャと鈍い金属音が響き、汗がそのまま頬をくすぐったため私は顔を顰めた。

 尤も、フルフェイス型の兜を被っている私の表情の変化なぞ誰も気付かないだろうが。

「大丈夫ですか?」

 青年の、気遣わしげな声。

 真逆、私の機微に気付かれたのかと思い、身体がビクと驚きに跳ね上がってしまった。

「えと、怪我でも? 薬草ぐらいならありますが」

「い、いや。心配はいらない、ぞ?」

 青年が懐から薬草の入った袋を取り出そうとして、その横顔を見、私は顔に血が上るのを感じた。

(なんだ……? 彼の顔が正面から見れない……。くっ、鼓動がやかましい。どうしてしまったんだ私はっ!)

「えと、本当に大丈夫です?」

「だ、大丈夫だから! そんな目でこっちを見ないでくれ!」

「はぁ……」


 ──振り返れば、当時の私はなんとおぼこかったのだろう。

 俗に云う、一目惚れにすら気付かないなんて。

 知っていれば、アズとの短い二人旅。もっと有効的に時間を用いたというものを、くっ!

 これが私──マリオン・フォン・ファルメルとアズ・ラフィールとの運命の出会い。

 私はこの邂逅を導いてくれた神に感謝した。

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