お人好しのアズ
──失敗した。
拠点の街を発ち、半刻ほどでアズは早速後悔していた。
感情に任せての出立であり、路銀はあれど準備の方はそこそこだった。
金があるなら寄り合い馬車にでも乗れば良かったのだ。俺のバカ!
なんて己を責めても変らず。
たかが半刻ほどしか経っていないのだ。街に引き返すのは容易い。というか、そうするべきだろう。
だけど──。
(あんな感動的な別れをしたらなぁ、戻りにくいよなぁ……)
女戦士ちゃんと、チャラ男戦士の顔が浮かぶ。
頑張れよー、と涙ながらに見送る彼らの姿を思い出すと、てへぺろと戻る真似はしづらかった。
(まぁ、次の村まではすぐだし。そこで改めて準備を整えよう)
気持ちを切り替えてアズは轍の跡が残る道を進んだ。
ほどなくして村を覆う木柵と、幾つもの家屋の屋根が見えてきた。
時刻は太陽が頂点から少し傾いだぐらいで、アズの腹の虫が空腹を訴えていた。
食事は旅の醍醐味である。失恋の度にパーティーを出入りし、あちこちを放浪しているアズはその真理に至った。
特にこのような寒村で、家族で経営している食堂なんかだと時たま大当たりに出くわすこともある。
アズはウキウキしながら村の門を潜ろうとし、ちょっと様子がおかしいことに気付く。
自作の槍を持った自警団と思しき少年が二人。腰の曲がった老婆が一人。入り口で何やら話し合っているではないか。
「なぁ、ドマ婆さん。ちょっと遅れてるだけだって。心配し過ぎだよ」
「そうかいのう? じゃが、心配は心配なんじゃ。ここで待たせておくれ」
「今朝からそうじゃないか。タイラーさんが戻ってきたら一番に知らせるからさ、もうお昼だし、一度家に戻ったらどうだい?」
「もう少し、もう少し居させておくれ」
なにやらトラブルの予感である。
「──どうかなさいましたか?」
「うぉ! なんだアンタ⁉ って旅人さんか……」
生来お人好しのアズは放っておけなかった。
「すいません。お困りのようでしたので」
「あぁ、聞こえてたのか……。ここにいるドマ婆さんの息子のタイラーさんがな、お孫さんを連れて久々に帰郷するって連絡があってさ」
「久しぶりにですか。それは、嬉しいでしょうね」
アズの言葉に老婆が微笑んだ。
「ありがとうや。でも変なんだよ。順調に行っていれば午前中には着くはずの距離なんだ。それがお昼を回って影も形もないとくれば心配で心配で……」
「きっと出発が遅れたとかさ、そんな理由だよ。さ、婆さんも身体を壊したら会うどころじゃないだろ? 見えたらすぐ呼ぶからさ、家で待ってておくれ」
多分、朝からずっとこんな遣り取りを続けているのだろう。少年二人は頑ななドマ婆さんに少し辟易しているように見えた。
「……良ければ俺が見てきましょうか?」
「いいのかい?」
自然と口が言葉を紡いでいた。
久々の息子と、孫との再会。それに心躍らせるも心配する母の愛。
アズはこういうのに弱かった。弱い余り既に若干目頭の奥が熱かった。ってちょい! 弱すぎだろ⁉
「はい。聞けばタイラーさんもこちらへ向かっているんでしょう? 道を戻れば、すぐに見つかるはずですよ」
「いいのか? 正直助かるが、旅人のあんたがするほどの事じゃ──」
「いえ、いいんです! 俺が手伝いたいだけですから! それに、足の速さだけは自信がありますんで!」
「そうかい? ありがとうねぇ」
「それで、お婆さん。息子さんはどちらから?」
「お前さん、息子に遭わなかったってことはトールスから来たんだろう? タイラーは今はヨークに住んでいてね。そっちから来るはずさ」
なるほど……。途中あった三叉路の、逆方向か。
「分かりました。では、すぐに確認してきますね」
「あぁよろしく頼む──って速⁉」
方角を聞くとアズは相手の言葉を待たずに駆け出した。
アズの後ろ姿はあっと言う間に見えなくなり、少年らはあんぐりと口を開けてアズの残した土煙を眺めていた。
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