第4話


 ――バタバタ、ガシャガシャ、と。灼き切られた肉と鎧が散らばる光景は凄惨であり、障害になろうとするほど数は増えていく。

 時には体中に穴の開いた者も倒れて、茶色い荒野を真っ赤に染めていく。熱で断面が溶けて固まった肉とは違い、それは噴水の様に血液を吹き出し、垂れ流す。


 青年は、構わずに走る。

 邪魔立てする騎士に容赦はしない。夢見てきた理想は中身が無い外見だけの存在だと知り、理想を幻想に変えさせた其れは最早腹を立たせるだけの人型でしかない。

 否定に憤怒と憎悪と悲哀を重ねて、白銀の軍勢を薙払い撒き散らしてゆく。泣き叫び剣を振るいながら、彼は歩を進め――倒れた。


 急に足の力を無くし、もつれて受け身も取れずに転倒する。同時に炎の魔刃は消え去り、本来の錆びた刀身が露わとなる。それに一番驚いたのは、転倒した本人である青年だった。

 自分の気持ちは未だ前へ進んでいるのに、何故か体は地面にへばり付こうとする。気付けば呼吸も満足に出来ず、両腕で体を起こすと非道く重たく感じた。


 ――――青年は思い出す。精霊に加護を授かった時の言葉。

 血を受け取り、呼び起こされた精霊は、加護を与える時にある忠告をした。

 それは、加護の力を使うのに必要な動力源は、青年の精神だというものだった。しかし急いでいた青年は話を深く聞かずに洞窟に去った為、その重要性をわかっていなかった。


 世界とは、只で力というモノを手に入れられるほど単純に創造されてはいない。

 一度傷付け再生させる事で増える筋肉と同様に、力を身に付けるには対価が存在する。つまり青年の場合、精霊の力を使うには己の魂を削り取らなければならない。

 言ってまえば、自分で自分を死に近付けている。


 彼の体が彼の意思に反したのは、未熟者でも大軍の中を生きながら動き回る願いを叶えた事による、限界を知らせる予兆だった。

 思えば、ここまで来るのに随分と力を使った。炎の加護に至っては、常時魂を燃やしている様なもの。


 ――青年の体は悲鳴を上げていた。身体を動かすのは精神であり、肉体はただの入れ物でしかない。故に、原動力が薄まれば人としての自我は保てず、言うことを聞かない死体に近付くが道理。

 彼の目の前には既に“死”が渦巻いていた。


 …………と。青年にとっての、それだけ、の話。

 悟った彼に絶望の色は無く、当たり前と云った気持ちで苦笑いを浮かべる。重い体をゆっくりと起こす。深く呼吸して、再び刀身に炎を灯し、何事も無かった様に前へと進み始める。


 彼には、どうでもいい話だった。

 少女を助けて連れ戻す事を真情に、反逆という大罪を犯してまで、青年はその一つだけに突き動かされていた。

 だから自分の体など、彼はどうでもよく思っていた。不甲斐ない自分への戒めを、素直に受け入れていた。


 霞む視界、ぼやける思考、枷に似た重い五体、嘔吐し吐血し、青年は前へ走り続けた――。



 <�前

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