第3話


 白銀の剣を振りかぶる騎士。顔も覆う兜の隙間から覗かせる眼に慈悲は非ず、一切の迷いも無しに振り下ろす。

 なんと悲しいことか。貧しい村で生まれ、成人すら迎えていない子供に向かって躊躇なく刃物を落とす事は、人の道から外れるようなもの。

 ……しかし、それは仕方のない事だった。彼らもまた被害者であった。


“王は神である”


 掲げられた思想――という名の洗脳。王国に仕え始めた時から死ぬ時まで続けられる教え。

 刻み込まれた騎士の意思は既に消えており、空虚となり果てた思考は淡々と事を為すだけの骸。王を狙う反逆者を討つだけ、神を守る為に殺すだけ、ただそれだけでしか動けない人形にされていた。


 ――青年は、その剣を横に躱した。対人戦を経験していない彼でも、躱すぐらいの事は出来る。殺し合いに於ける生きるか死ぬかの恐怖など、麻痺させれば臆さず幾らでも動ける。


 がら空きとなった騎士の半身目掛けて、青年は灼熱の業火を振るう――……命を奪う恐怖すらも麻痺させれば、両断した肉の塊を見て吐く事もない。

 騎士を一人殺した。加護を授かっているとはいえ、死合の初心者は上級者を殺せた。

 しかしそれでも、数多の騎士に囲まれている状況に変わりはなく、四方八方から鎧の擦れる音は近付いてくる。全方位を認識しながら戦い続ける技量など、今初めて殺人を経験した青年に有りはしない。


 だから、このまま距離を縮められて殺されるのを待つ青年は――仲間を呼んだ。


 徐に片膝を上げたかと思えば、今度は一気に下ろして地面を踏みつける。その瞬間、青年と騎士の間の地面が独りでに盛り上がり、いくつもの人型が彼を守る様に形成された。

 ――土の加護。単独である青年を補助する為のそれらは、散らばって騎士の前に立ちはだかる。


 土の人形が騎士の剣を抑え込んでいる隙に、青年は囲む鎧達の間をかいくぐって疾走した。邪魔になる者は炎の魔刃で薙払い、疾走の勢いそのままに前へ突き進む。


 ――青年の姿は壮絶であった。


 叫び声を上げながら剣を振り回し、分断された血肉の道を作り上げていくその様は、羅刹を思わせるほどに猛々しく恐ろしい。数多の戦闘を体験した騎士達でも、加護に守られ愛憎にまみれた、そんな反逆者の疾走を止める事は出来なかった。


 槍を突き出される――槍ごと相手を両断する。

 剣を振るわれる――躱して胴体を切り分かつ。

 どれもが彼を止める一手には届かず、どれもが返り討ちに遭うばかり。


 次第に青年は煩わしくなってきたのか、掌にどこからともなく水を生み出す。走りながら腕を横に振って、水の飛礫を前方に散らばらせた。


 それは水の加護。ただの液体ではなかった。

 水滴は水平に飛んでいき、鋼鉄の鎧を何の抵抗もなく貫通した。何も無い空間を通り過ぎただけの如く、人垣に小さな穴を空け進んでいく。

 貫かれた者は当然に、穴から血を流して倒れていった。

 青年はそれらを踏みつけながら、前へ前へと走っていく。

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