新川橋北詰

交差点で信号が変わるのを待っていると、老人が花瓶用だろうかかごにいれた生花を持って前を通り過ぎていった。

僕も新しい家では花を飾ろうかなと思っている。

薔薇でもいいしタンポポなんかでもいいなと考えていると、信号は変わり、

目の前にずっしりと構えた褐色に輝くタイル張りの4棟の巨大ビルが現れる。

このビルは、この地域の電力会社の本社ビルらしく、玄関に旧字体で"電気ビル"なんて書かれて掲げられている。一階は電力会社のショールームになっていて、地下階は地下鉄駅と接続している。戦前からあるのかななんてちょっと考えたが、そんな話は聞いたこともない。この街に戦前から残っている建物なんて両手で数えられる。

この電力会社の原発再稼働によって毎週このビルの前で反原発デモが行われているんだけど、一度だけ僕も参加したことがある。中核派系かなおそらく。

辺りを見回すとアスファルトで覆われた地面にバスや賃走タクシー、鉄の塊が猛スピードで走っている。土の地面は見えない。コンクリートの塊は風ではびくともせずしっかりと構えている。広い歩道を洋服を着た老若男女が歩き、または自転車に乗っている。

「これが日本のあるべき姿?」


足を北へ進めると、コンクリートでできた小さい橋がある。横は70から90mぐらいもあるが、縦は15mもない。その下を通る川はビルの間を縫うように走りは舗装されていて水深は50cmも無いが底も見えない。海と毒薬に登場したF市の子犬の死体が浮かんでいるドブ川はここのことではないか?


橋の北詰の路地を西の方角に曲がり、西鉄線の高架を潜ると、これまたずっしりと構え、"農民会館"と掲げられているビルが現れる。

コンクリート打ちっぱなしで壁一面に苔が生えている。

初めての人には気味が悪いかもしれない。

玄関は二階にあり、建物の右端から階段で上がれるようになっている。玄関のガラス戸は割られていて木の取っ手は腐っている。規制線のようなものが張ってあって、立入禁止の張り紙もある。

一階はピロティ構造になっていて駐車場として使われていたみたいだけど、今は高架下とかによくある落書きで埋め尽くされて、人の気配を感じられない。人の気配を感じられないのは二階以上も同じだ。

話で聞いた感じ共産党系のビルらしく、70年代に完成したようだ。今は宅地開発されている西鉄線沿線も当時は農村が広がっていたのだろう。西鉄線沿線の農民が電車でここに集まっていたのだろうか。柱には張り紙が貼ってある。取り壊して、新しいビルを建てるのかもしれない。


農民会館の次の路地を曲がる。

狭い路地にタクシーやら原付やらがたくさん停まっている。その路地を賃走タクシー、予約タクシー、鉄の塊が列を組み蛇のようにぐねぐねと進んでいく。

角には三角公園と呼ばれる公園があって、実際に三角形だ。トイレとかがあって、最近流行りのウーバーイーツの配達員やタクシー運転手が休憩の場所として使っている。都会ではよく見る公園だ。


三角公園の隣にお気に入りのラーメン屋がある。

夜は結構すぐ閉まってしまうので、早めに行く。

曇ったガラス戸の木の取っ手に手をかけ開けると中から濃い豚骨の匂いがする。

入ってすぐのところにある券売機にお金を入れ400円の"ラーメン"を押すと、麺の硬さを聞かれ、すぐ、ねぎともやしとチャーシューの乗ったこってり系のとんこつラーメンが出てくる。

この辺ではラーメン=とんこつラーメンになる。

水は自分で取る式だ。

顔見知りの若い店員さんは僕を子供だと見ているようで、いつもタメ語で話しかけてくる。僕はそんなので不快に思ったり怒ったりしないけど。

ここに始めてきたのは一昨年の夏頃だろうか。

冬にそれまで行っていたラーメン屋が入っていたビルが再開発で潰れてしまって、それからというものラーメン難民になっていた。

そこで、インターネットで適当に探したら出てきたのがこの店というわけだ。

でも、顔を覚えられたらちょっと行きづらいね。

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