2022/02/12

 小学校のテストで、高校の入試で、運転免許の試験でもお馴染みなのが引っかけ問題である。一見すると簡単な問題に思えるのだが、よく読むと違う解答になる。たとえば「素数同士をかけると必ず奇数になる」、これに○か×かで答えよという問題がある。素数なんて奇数に決まってるから、いくらかけても奇数にしかならないだろうと○を選ぶと間違いなのだ。2が素数だからな、偶数になる場合もあるのだ。


 ことほど左様に、引っかけ問題というのは解答がわかっている側から見ればちょっとしたイタズラ程度のことであるが、わからない者にとっては悪意の塊である。小学校の小テストくらいなら笑えるが、高校や大学の入試は人生がかかっている場合があるからな、面白半分に引っかけ問題など出されると殺意を覚える。


 もちろん、その教科をちゃんと理解して、問題をしっかり読み込めば解けるはずなのだが、入試や資格試験では緊張感もあって、「ちゃんと読み込む」ということが難しい。数学のテストで国語力を試すような問題を作成するのはどうなのよ、と言いたくなる受験生の気持ちは大変によくわかるところ。


 さて話は変わって、ここでも連日取り上げているウクライナ問題であるが、10日にはイギリスのリズ・トラス外相がロシアを訪れ、ラブロフ外相と会談をした。しかし話し合いは平行線を辿った模様。


「ロシアは冷戦時代のレトリック(表現)を使うのをやめれば、国連安全保障理事会の常任理事国としての地位を高められるし、欧州の安全保障改善のためにNATOと有意義に協議することもできるはずだ」


「ウクライナ国境に10万人超の部隊がいること、ウクライナの主権と地域的統合が脅かされている事実を、私たちは無視できない」(以上BBC)


 とトラス外相は会談の中で述べたそうだが、対するラブロフ外相は会談後の記者会見で、


「お互いに相手の言うことを聞いているようで聞いていない状態だった。我々が詳しく説明しても、(イギリス側は)聞く耳を持っていなかった」


「(イギリス側は)事実関係をよく承知していないか、あるいはわざと無視しているかだ」(以上BBC)


 と話している。またラブロフ氏は、NATOに対するロシア側の懸念について譲歩する発言はあったかという質問には、ロシアの領土からロシアの部隊を撤退させろという要求しか聞いていない、と答えたらしい。


 ロシアのラブロフ氏はもう随分と長い間外相を務めている。百戦錬磨と言っていいだろう。イギリスのトラス氏も優秀な政治家なのだろうが、正直役者が違う。そのレベルの違いを端的に示す会話をBBCは報じている。


 トラス外相が会談の中でウクライナ国境近くに集結している軍を撤退させろと主張したところ、ラブロフ氏は上記のように「ロシア軍部隊がロシア領内にいるだけだ」と答えた上で、続けてこう述べたそうだ。


「ロストフとウォロネズ地域について、ロシアの主権を認めますよね?」(BBC)


 この質問に対し、相当頭に来ていたのか、それとも気合いが空回りしていたのか、トラス氏は「決して認めない」と断言してしまったらしい。


 実はロストフとウォロネズ地域はロシア国内の地名である。ウォロネズは日本ではヴォロネジと呼ばれるウクライナに比較的近い地域なのだが、ロストフはモスクワの北東、ウクライナにはまったく関係ない地域だ。


 つまりこれはラブロフ氏による引っかけ問題。イギリス人のトラス氏に、「ロシアの地名も知らずに文句だけ言っている」という印象を与えたのだ。その場ではイギリスの駐ロシア大使が割って入って説明をしたらしいが、この余裕の差はいかんともしがたい。トラス外相は赤っ恥をかかされてしまった。


 普通に考えれば、ウクライナ問題を話し合う場で、しかもイギリス人がロシア国内の地名など知っている必要はない。しかし知らないのなら「それはどこですか」とたずね返せば良かったのだ。なのにそこまで頭が回らず強気に出て失敗、ラブロフ氏が想定した範囲内の反応しかできなかった。


 ロシアはウクライナの周囲で軍備を着々と増強しながら、それでも外交による解決を捨てていないとアピールを続けている。それはラブロフ外相への信頼とセットであろう。アメリカやフランスの外相が束になってかかってきても、ラブロフ氏には勝てないという自信があるのだ。そして軍事侵攻がもしなされた場合でも、「責任はNATO側にある」とラブロフ氏が堂々主張するのはもう決まっているのではないか。


 今般のウクライナ問題は、ロシア側の一方的なペースで進んでいる。もちろんロシア側とて余裕綽々という訳ではないのだろうが、それでもロシアの思惑を思いとどまらせることのできた国や組織は存在しない。プーチン大統領とラブロフ外相のコンビを前に、世界がお手上げ状態なのだ。


 これが何かの試験なら、最悪またやり直せば済むのだが、現実の世界情勢はそこまで簡単ではない。さて、いったいどんな未来へと我々は進むのだろうか。

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