A-41

(え…先輩…嘘でしょ…)


 伴奏を聴いた僕は言葉を失ったんだ…。

 僕が好きだって言っていた歌手の歌をみんなの前…いや、僕の前で披露してくれる先輩。


 この曲の歌詞の意味を深く知る僕は、さっきよりぐっと胸が熱く、苦しくなった…。


「おい、この曲って…」

「…うん、多分…」


 先輩が、僕に対する覚悟を伝える歌だ…。


「軽音部がカバー…!?」

「珍しいわよね!!」

「これはこれで、貴重な時間よね!」


 いつもは、ほぼ自作しか披露しない軽音部にとってカバーは、稀に見る光景だったようでファンの期待も昂る一方で、この曲を知っているファンの一部は不安を仄めかしていた。


「でも原曲より…少しキー高くない?」

「凌空、喉…大丈夫なのかな…?」

「そこまでして、歌いたい理由って…?」


 原曲より高い位置で演奏と歌が繰り広げられている…。原曲すら高いこの曲をさらに上げて歌うという事は、歌の圧や思いを強くするように聞こえる一方でボーカルには、喉への大きな負担に繋がるリスキーな行為なんだ…。


 この間の食事会の時に…先輩がそうやって僕に教えてくれたんじゃないか…!


 それでも凌空先輩は、歌うこと事を躊躇わない…。サビに差し掛かりより一層、凌空先輩の想いが厚くなり、胸に突き刺さる。その分、想いが厚くなるサビで来る喉の負担は壮大なはず…。


 負担は大きくても、凌空先輩の声は本当にキレイだ…。相当練習したのだろうと思える程澄んでいて、真っ直ぐ、僕の心を温めてくれる…。


 ファンもどんどん歌声と演奏に引き込まれていき、中には感動のあまり泣き出すファンもいるぐらいだった。


 僕はとにかく先輩の喉が心配だった。無理しないで…そんな不安の目を向けていた僕に


「紡…絶対、聴き逃すなよ、先輩の全身全霊をかけた覚悟…ちゃんと受け取ってやれ…。」といつもに増して、真面目に訴える洸。


 僕は「うん…」と一言返し、先輩から目線を離さないようにじっと見つめていた。見つめる僕の手には、ギュッと力が入っていたんだ…。


 ―歌も終盤


 終盤の歌詞は、この歌に込められた全ての気持ちが一斉に溢れ出す歌詞になっている。そう、覚悟や想いが溢れ出すという事だ。


 最後のサビ前…ふっと凌空先輩の目線が僕に当てられ、僕と凌空先輩の目が合った瞬間…


(え…ここは…?)


 その空間は、2人の距離は変わらないものの僕と凌空先輩しかいない2人だけの空間に移り替わったんだ…。

 そして、いつもの優しい先輩の声が僕の耳を心地よく刺激してきた…。


(紡、聞こえてるか…?届いているか…?俺の思い……ここからは、俺の全てを賭ける…)


(俺は、どんなことがあっても…絶対にお前を離さない…絶対、守り抜いてみせるよ…)


 凌空先輩の想いが全て聴こえた瞬間…僕は我に返り、目の前では先輩が渾身の力を込めて、涙を流しながら最後のサビを歌い続けていた…。


 僕の目と心には、その光景がしっかりと焼きついていったんだ…。


 歌も終わり、全てを出し切り「はぁ…はぁ…」と息を上げる凌空先輩。そこに陽翔先輩が駆け寄り「凌空!…大丈夫か?」と慌てて声をかけていた。


 場にも、少ししんみりとした空気が流れていたけれど、それ以上にみんな、凌空先輩と軽音部に大きな、大きな拍手を送ったんだ…。


「凌空ー!!!最高!」

「感動をありがとう…!!」

「また、聞かせて頂戴ね…!」


 その光景をの当たりにした先輩は、そっと口にマイクを当ててみんなに感謝の言葉を紡いだんだ。


「俺の身勝手で…体育祭の盛り上がる時に…俺に協力してくれた部員も讃えてあげてください…!今日は、本当にありがとうございました…!」


 言葉と共に深々と頭を下げる凌空先輩に続けて、部員のみんなも感謝の言葉と共に深々と頭を下げた。会場は、しばし拍手が鳴り止まなかったんだ。


 ―軽音部の去り際、凌空先輩はまた僕に目を向けてニコッと微笑んでその場を去っていったんだ…。


 楽曲が終わってからと言うもの、僕の目からは涙がずっと溢れ出していた。止まらない…嬉しくて心が温かくて…止まらないんだよっ…。


 そんな僕に洸は、そっと肩に手を回して僕を包んでくれながらそっと微笑んでくれた。


「ちゃんと…全部聴けてよかったな?」


「…う、…うんっ…」


「次は紡…?お前の番だよ…?」


 そういいながら洸は、僕が泣き止むまでずっとそばにいて、僕を励ましてくれていたんだ。

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