A-40

 軽音部の特設会場は、既に多くの生徒やファンが群がっていた。


 改めて先輩たちの凄さに圧倒される僕の手を洸がグイッと引いてくれて「ほら、紡!あそこの席、空いてるぞ!」とちょっと後ろ側だけど空いてる席を見つけ、僕たちは腰を据えた、その時だ―


 ピコン!


 携帯に通知音が鳴り響き、ライブの開始直前で忙しいはずなのに、凌空先輩からLINEが来たんだ。


《ちゃんと座れたか?》


《はい、ちょっと後ろですが、洸と一緒です》


《よかった、今日は楽しんでいってくれよ?》


《はい、応援しています、頑張ってください!》


 「にししっ♪先輩か?」とニヤニヤしながら話す洸に対して僕は、逆にニコニコしながら「うんっ!洸、灯里からは?」と含みを持たせて返してみたんだ。


「緊張するけど、ちゃんと聴いててね?ってきてたわ…///」


 最近この2人、本当に仲がいい。

 洸は、灯里の事が大好きなのは見え見えな訳だけれど、灯里も灯里で満更でもない様子だったんだ。


「最近、2人とも仲良いしさ、にししっ!洸、本当に良かったね!♪」


「わわわーっ!!///や、やめろっ!!」


 僕のちょっとした反撃に、洸は顔を紅潮させて慌てふためいていた。こんなに慌てる洸の姿も珍しくて僕は、我慢出来ずに吹き出してしまった。「このっ!笑うなよっ!」と洸が発したその時―


「みんな~!!!!お待たせ!!!」

「キャーーーっ!!!」


 時計は11時30分を迎えていて、凌空先輩を先頭に軽音部のみんながステージ上に姿を表したんだ。


「今日は、短い時間だけど楽しんで行ってくれよー!!!!」


 凌空先輩の掛け声に合わせて楽器の演奏が始まった。そして、凌空先輩の覚悟を決めた本気のライブが幕を開けたんだ…。


 深結や灯里、陽翔先輩たちが演奏を始め、素敵な音色で会場全体を覆いつくしていく。

 僕と洸は、深結と灯里の演奏を初めて聴き、とにかく2人ともカッコ良すぎて、ただただ見惚れてしまったんだ。


 元気いっぱい、ハツラツにベースを奏でる深結に合わせて、いつも冷静な灯里が力強く響かせるドラムの音。


 そして、お茶目な陽翔先輩がカッコよくギターを弾いていて会場を盛り上げていく。


 その音にそっと凌空先輩がボーカルを乗せた瞬間…

「キャッーーーー!!!!」

「ウォッーーーー!!!!」


 会場のボルテージは、一気に駆け上がっていったんだ。僕も洸もハーモニーに気持ちが昂っていき、周りと一緒に盛り上がっていく。


 魅了されてファンが付いてもおかしくないよっ!そう思えるほど、心を揺さぶられるライブだったんだ。


 その後、隠されていた新曲も発表され、ファンのみんなも待ってました!と言わんばかりの熱気で新曲に耳を傾ける。


 新曲のテーマは『応援歌』で体育祭にもってこいの曲調で会場を盛り上げ続ける軽音部。


 みんなの汗や気合いで会場はどんどん盛り上がりを見せていく。僕も洸も気付いたら席から立ち上がり、ライブの空気に染めあげられていた。


 そんな中でも凌空先輩は、汗を流しながら僕をしっかり見つけてくれていて、時折、目線を合わせてくれたんだ。

 その度に僕の胸は会場のボルテージと一緒にキュンと跳ね上がっていく…。


 先輩の歌声にも、みんなの演奏にも心惹かれて、そして圧倒されて、楽しい時間はあっという間に過ぎていき気付けば、最後の曲に差し掛かっていた。


「みんな、今日は本当にありがとう!楽しんでくれましたか?体育祭の場で、少しでもみんなの力になれればと思い、軽音部一同で奏でさせてもらいました!」


「早いけれど…次の曲で最後になります。大変身勝手なんですが、最後はバラードで締めさせてください。」


 凌空先輩のアナウンスに、ファンがざわめきだしたんだ。


「バラード…?最近歌ってなかったよね?」

「嘘~っ!?久しぶりすぎて緊張しちゃう!」

「私も楽しみ~!!」


 いろんな気持ちが折り混じるファンの声を汲み取るかのように先輩は話し続けた。


「俺の身勝手なんです、ごめんなさい…生徒の皆さん、ファンの皆さんも自分の大切な人を思って聴いてくれたら嬉しいです。」


 その言葉の後に凌空先輩は、そっと僕に優しく目を向けてくれた。

 紡…?ちゃんと聴いていて…?と僕に向けられた視線からは、そんな風に先輩が心から発しているようにも伝わってきたんだ。

 でも、なんでだろう…先輩と目があった瞬間、いつも以上に胸がギュッと苦しくなったんだ…。


 そっと先輩は僕から目を逸らして、軽音部のみんなに目を向け直した。みんなと「うん」と相槌を打ち…軽く息を吐く先輩…。


 そのまま軽音部最後の…そして、凌空先輩の覚悟が詰まった楽曲が会場を包み込み始めたんだ。

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