A-38
―軽音部―
「…1回頭から合わせてみよう」
「おっけ~♪」
「はい!」
俺たちは、最高の演奏にする為に、新曲の最後の調整に力が入っていた。
…♪……♪…
「ふぅ…うん、いい感じじゃないか?深結、それに灯里、息もバッチリだな」
俺の言葉に深結と灯里もハイタッチをして練習の成果を喜んでいるようだった。
「陽翔、お前は深結のこと見過ぎだ。」
はっ!?んなことねぇ、茶化すなよ!と少し顔を赤らめながら必死に話す陽翔に正論だろ?と諭す俺。その会話になんだか深結も気が気じゃない様子だったのは確かだ。
「俺の歌声は、大丈夫そうか?遠慮なく言ってくれ」
皆の評価が終わった後、俺は必ず自分の評価も求める。部長の立場と言えど、セッションはみんなと対等な関係でいられないと綺麗に音がミックスしないんだ。
「何だか前より温かいですよね、先輩の声!」
「前より厚みがあって、今まで以上に心に刺さるんです」
「褒めたかねぇけど多分、今までの最高以上の出来じゃねぇかっ??」
べた褒め過ぎる評価に俺は、思わず顔がうっすら紅潮し照れながら笑みを浮かべてしまう。
え、えええええええぇ!?い、今笑った!?と俺の笑みに部員の全員が一歩引く程、驚かれたんだ。
「お、お前…い、今、笑ったか…?」
「部活では冷徹の…凌空先輩が…」
「…笑った…」
あまりのことに衝撃を隠しきれない部員たちに俺は、その光景に小さなため息を吐き出してしまった。俺だって、笑う時は笑う…あれ、なんか変だな…俺…笑えてなかったのか…??
俺の思いとは裏腹に『あ~ぁ、誰の影響かね…』と小さく呟く陽翔を俺は、聞き逃すこともなく、小さく睨みを効かしてやったんだ。
「じ、冗談だって…汗」
俺の睨みに焦りながら返す陽翔を見て、深結、灯里、他の部員もあははと、自然に笑いが溢れていた。
俺も…いつの間にか表情が緩み、ニコッとみんなに微笑みを見せていたんだ。
陽翔じゃないけど、誰のせいなんだろうな……そうだよ、全部あいつのおかげなんだよ…。
――話が落ち着いたところで俺は皆にある事をお願いすることにしたんだ。
「みんなに折り入ってお願いがあるんだ…」
俺は、みんなに歌詞と楽譜を配り、みんなに行き渡る。俺が配ったこの曲を軽音部で知らない人はいなかったんだ。
「これって…」「あの人の…」
「でも、キーが上がってる…」
楽譜と歌詞に目を向けるみんなに俺は、頭を深々く下げて懇願したんだ。頼むっ!体育祭のどこでもいいから、俺にこの曲を歌わせてくれ!と…。
一瞬にして部員一同は驚愕の表情を見せた。当たり前だ、笑わない部長からの初めての願い事だったから…。
「…お、おい!頭あげろ!」
「…お願いだ、頼むっ…!」
「凌空!わ、分かったからっ!」
頭を下げきった俺を陽翔が強引に身体を引き上げた。その光景をみんなも心配そうに見つめていたんだ…。
それもそうだ。確かに、この短期間でこの1曲を習得するのは、かなり難題で強いて言えば無茶振り同然なんだ…。
でも、そんな中で力強く口を開いてくれたのは灯里だった。
「…先輩のお願いを断る人がいると思いますか?」
…えっ、灯里…?それは、どういう事なんだ…?俺は、歌う事しか…。
「この軽音部をずっと支えてきたのは凌空先輩、あなたでしょ?支えてきてくれた、あなたのお願いを断る理由なんてどこにもないですよ?」
灯里の力強い一言に合わせて、深結も声を上げ気持ちを伝えてくれたんだ…。
「私も…!先輩の気持ちを受け止めて、私に精一杯弾かせてください…!練習ならなんとかなります!…寧ろ私はこの曲を先輩と、みんなと奏でてみたい…!」
他の部員も2人に導かれるように俺の提案に賛同してくれて、その光景に俺は、感慨無量だったんだ。
「これが…お前が築き上げた軽音部なんじゃねぇのか?部長のお前のお願いを断るやつなんて、ここにはだれもいねぇよ?…この曲もやってみよう?俺にも任せろっ!」
陽翔やみんなの言葉に俺は感情を抑えるのでやっとな状態だった。凄く…嬉しかったんだ…。
「みんなありがとう…俺のわがままで本当に申し訳ない…。やるからには、最高なものにしよう…!」
そう話す俺の言葉にみんなの表情も緩み、声を合わせて「はいっ!」と答えてくれたんだ。
-その後
持ち場に戻って俺が提案した楽曲を練習する面々。そんな中でボイトレ中の俺に陽翔が話しかけてきた。
ボイトレ中の空間へ入れるのは、副部長で親友の陽翔ぐらいだ。というか、俺が許していなかったのだけれど…。
ボイトレでの歌の感情や表現を壊さないために、練習中は声をかけて欲しくなかったんだ。
「…なんだ?」
「この楽曲、お前の覚悟だな…?」
「ふっ、本当お前には敵わないよ…」
「ファンにも込めてだけど、本心はあいつのために送りたいんだろ?」
「…ああ、俺の覚悟をあいつにな…本当に勝手ですまないな…」と俺は返したが、陽翔としてはそこが問題ではなかったんだ。
「歌を届けることが問題なんかじゃない、問題はキーだ。お前、このまま歌うと…喉…」
「…分かってる…絶対に潰さない…」
俺が提示した楽曲は、俺の限界のキーよりも高い音域で繰り広げられる。喉への負担がかなり大きいのは、オレ自身が分かっている。
喉を潰してでも、全身全霊を賭けてでも、俺は紡に歌で俺の覚悟を伝えたかったんだ。
「陽翔、お前ならわかるだろ?」
「……」
「絶対に喉は潰さない。その為に俺は残りの時間、誠心誠意努力する。そして、この軽音部を守ってでも、俺はあいつにこの覚悟を伝えたいんだ…。だから、俺を見守っててくれ…。」
「…っ!!わ、分かったよ…でも!少しでも無理だと思ったら…無理にでも止めるからな!絶対、自分に負けんなよ…信じてるから…!」
陽翔の言葉を受け取った俺や他の皆は、体育祭に向けて新曲以外に俺の覚悟が詰まった楽曲の練習に励んでいったんだ…。
陽翔、お前が親友で本当に良かったよ…。
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