A-37

 ―体育祭までの2週間―


 僕たちの生活は、各々慌ただしさを増していた。忙しくても皆といる時間や笑い合う楽しい時間はいつもと変わることは無かった。


 いつも作る弁当だって変わらないし、卵焼きを「にしし、もーらいっ♪」と洸につまみ食いされたり、それを見て笑う灯里に照れる洸だったり。


 深結も最近は、いつもより増して楽しそうで携帯の画面を見ながら顔が綻ぶ時があるぐらいだ。ただイケメンを見ているだけの様な表情でも無かったし、好きな人が出来たのかな??


 みんなも色々順調そうだった。

 そんな僕も先輩とのやりとりは毎日のように続けている。「おはよう」から「おやすみ」までなかなか会えない時間を埋め合わせるかのように僕たちはこまめに連絡を取り合った。


「そういえば最近、先輩たち来ないよな?」


「新曲の調整もそうだし、学業以外でも就活の準備とかインターンとかで色々忙しいって話してからね~」


 僕たちは、まだ入学したばかりだけど先輩たちは、もう3回生。忙しくても仕方ない、僕たちだっていずれ、その時が来るんだもん。


「紡、先輩に会えないから寂しいでしょ~?」


 なんて、ニヤニヤと僕を茶化してきた深結に僕は「うーん、実はそうでもないんだ」と照れながらボソッと返した。


 そんな僕の返答に皆は、驚いた表情を浮かべ、何かあったのでは?と探りを入れられたんだ。


「だ、だってさ、会えないのは仕方ないことだし、わがまま言えないし…でも、毎日連絡取れてるから僕は、それだけで幸せで…」


 完璧、惚気のようなものを決め込んだ僕は、これさえあれば大丈夫なんだと、調子に乗って3人にあるものを見せたんだ。


「ほぉっ~!!紡が惚気か!!!」


「きゃ〜っ!!なにこれ!!!」


「え!?先輩こんな可愛い笑顔するの?!」


 先輩と会えなくても、僕の支えになっているもの、それは先輩が家に来てくれた時に撮った【2人だけの笑った写真】だったんだ。


「紡が幸せそうでなによりだな!ってか、もうこれ、付き合ってんのか??」なんていう洸に僕は、まだ…としか答えられなかった。


 僕はもう少しだけ考えたかったんだ。


 周りの目は少しずつだけど、前向きに考えて行こうと思えるようになってきた。


 ただ、最後に一つだけ考えたかったのは、父さんとの思い出を先輩に重ね合わせたりせず、しっかりと先輩を見つめて、お付き合いが出来る気持ちの準備をしたかった。


 僕は先輩が大好きだ、その分、父さんの事だって大好きだった。その大好きな気持ちをちゃんと整理して、を見つめる覚悟を僕は、持ちたかったんだ。


 僕の思いを聞いてくれた灯里が、「急ぐ必要はないと思うよ?きっと2人は…ちゃんと結ばれるから…!」と優しく声をかけてくれた。


 いつも優しい3人に僕は、心から感謝してもしきれない程支えてもらっている。みんなにも幸せになってほしいな…と心の中でエールを送りながら、僕は皆にありがとうを伝えたんだ。


 ◇ ◇


 ―料理部―


 体育祭までの準備期間中、僕たちは何度か調理室でタッカンマリとジューシーを作ってみた。


 タッカンマリは普通、鳥肉一羽を丸ごと煮るが、それではちょっとコスト的に難しく鳥もも肉や手羽元で代用して作ってみた。


 というか【なーさんのレシピ】にそう書いてあって、それに寄せるように少しアレンジも加えて僕たちの味にしていったんだ。


 ジューシーもお米にしっかり味がついて具材もちょうどいい量で食べ応えもある。タッカンマリにはもってこいだった。


「うんうん♪どっちもすごく美味しいわね!」


「結構簡単に作れるし、これなら大人数分も大丈夫そう!」


「コストもそこまでかからないし、栄養満点ですしね!!」


 これを体育祭のブースで作り、皆に提供する。もちろん、凌空先輩にもだ。先輩、美味しいって言ってくれるといいな…とそんなことを思い浮かべる僕に部長がある提案をしてきた。


「ジューシーは、おにぎり状にするのよね?」


「その予定ですね!」


「はっ!それなら来てくれた人に、その場で握るのはどうかしら??」


「それ、いいかも~!!!」


「その方が暖かくて良いですね!衛生面は大丈夫ですか??」


「しっかり手指消毒して手袋をはめれば大丈夫よ♪」

 

「じゃあ、それにしましょう!」


「はぁ~っ!きっと紡に握ってほしいっ!!って女子は集まるんだろうなぁ~!」


「こんな可愛い子に目の前で握ってもらえるなら、それはそうよぉ!!」


「なにせうちの看板息子ちゃんですから♪」


「か、看板??!もぅ~部長に先輩!茶化さないでください!!」


「あははっ!やっぱり可愛い!!」


 もう、恥ずかしさのあまり、耳が赤く熱くもなったけれど、絶対成功させよう…!と心の底から思ったんだ。

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