A-30

「い、いつでも会えるじゃないですか…」


「いや、今お前に…どうしても会いたくて…」


 こんなに息をあげて落ち着かない先輩、初めて見た…。先輩の手には空っぽの容器が握られていてたんだ。


「あ、卵焼き!…口に合いましたか?」


 何も知らない僕は、先輩の反応が気になったのと話を変えようと必死で質問した。


「食べてないんだ…」


「え…?どういうことですか?」


「陽翔がいたずらで全部食ったんだよ…。

 ただ、陽翔を悪く思わないでくれ。悪いのは俺なんだ…」


 あの馬鹿~!!頼む人、絶対間違った!!と僕はこの時、全く事情を知らないから陽翔先輩を恨んでやろうと思ったけど…


 先輩の表情を見てると陽翔先輩と何かあったんだと勘づいた。


「一生懸命作ってくれたのに、一緒に食べてやれなくて本当にすまなかった…」


「外せない用事があったんです。こればかりは仕方ないですよ、だから謝らないでください?むしろ僕…今、先輩に会えてよかったです。」


 笑顔で返す僕。会えないと思ってた時に会えた時の嬉しさは計り知れないものだ。それは片思いであっても、一目惚れであっても…。


 僕の言葉に先輩は、周りを憚らずに僕の身体をグッと引き寄せ大きな身体で包み込んでくれたんだ…。


(はっ…はわぁあ…!?///)


 この時、いつもなら出てくるはずの父さんは全く出てこなくて、僕は先輩の爽やかな香りと温もりに全身を包まれていた…。


「せ、先輩…///だ、ダメですよ!」


 誰かに見られることが怖かった僕は、そっと先輩の胸から離れた。


「…嫌だった?」


 凌空先輩は僕にそう優しく微笑んできたけれど僕は「そ、そうじゃなくて…!ま、周りがっ…!///」と首を大きく横に振って反応する。


「本当にごめんな…そして、一生懸命作ってくれて本当にありがとう…。」


 凌空先輩はそのまま、昨日のように僕の頭に手を添えて、ポンポンと頭を撫でてくれた。抱きつかれた後に、そんな事されたら…僕の顔はとっくのとうに真っ赤っかだ…。


「ちゃんと会って話せてよかった…また連絡するからな?」


 と笑顔で僕に言葉を残して部活に戻ろうとする先輩に、僕の口からとんでもない言葉が咄嗟に出てきたんだ。


「せ、先輩!!!!」


「…うん?」


「よ、よければ僕の家に来てくれませんか…?この間のドライブのお礼も兼ねて、先輩にだけ料理を作ります…!…いや!僕に作らせてください…!!」


 なんでこんな言葉が僕の口から急に出てきたのか分からない。いつもの僕なら、こんな言葉、恥ずかしくて出てこないはずなのに…。あれ、僕…凌空先輩に出会ってから何かが、変わったのかな…?


 凌空先輩は、僕のその言葉にすごく嬉しそうに「ありがとう…後で連絡するよ」とニコッと返してくれて軽音部に戻っていったんだ。


 凌空先輩の耳…少し赤かったな…。

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