A-24

 先輩はそっと話し始めた。


「…さっき、お前が父さんの話をしてくれただろ?実は俺、父さんがいないんだ…」


 え、先輩…どういうこと…?僕は、そっと先輩の方に顔を向けた。


「俺が2歳の時に離婚したらしくて、それからはずっと母さんと一緒に暮らしていたんだ。」


「…俺の母さん、昔から病弱でさ、俺も母さんの事が大好きで、『母さんに何かあったら、僕が母さんを守るんだ!』なんて言ってた事を今でも覚えている…。」


 気丈に振る舞いながら僕に話しているように見えるけど、どこか切なくて寂しい過去だ…。


「でも、そんな母さんも…俺が12歳の時、病には勝てなくて亡くなったんだ…。俺は母さんを守れなくて、とことん自分の力の弱さや不甲斐なさを憎んだし、悔んだんだ…。」


 僕は先輩の話に胸がギュっと締めつけられた…。だって先輩も、僕と同じような経験を味わってここまで生きてきたんだ…。


「母さんが亡くなった後は、祖母に引き取られて高校を卒業するまで俺を育ててくれたけれど、大学に入る前に祖母も亡くなって、そこから俺はずっと1人だった…いつの間にか俺は、笑えなくなった、バカみたいに強がるようにもなった…」


「母さんを守れずに1人になった俺は、この先何をしたらいい…?そう思いながらも大学に入学して、俺は軽音部に出会ったんだ…。そこで俺は俺のやるべきことが見つけたのかも知れない……母さんが亡くなる前に俺にくれた言葉だけが…俺の支えだったから…」


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(…いい?凌空?凌空って名前にはね?)


(空高く突き進むって意味が込められているの…)


(躓きそうになっても大丈夫…ちゃんと前を向いて歩いてね?)


(突き進んだ先から、周りの人を喜ばせてあげられるような強い子になってね…)

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「そ…それと…もう一つ…母さんは…」


 涙を堪えるのが必死な先輩…。一生懸命、お母さんが残した言葉を僕のために紡いで教えてくれたんだ。


=====================

(それともう一つ、あなたに謝らなければならないことがあるの…)


(実はね…あなたには弟がいて、私たちの勝手で離れ離れになっちゃって…もし…その子に会える日が来たら、伝えてほしいの…無責任な父さんと母さんを許してね…本当に愛してるって…)


(そして凌空…あなたのことも…心から愛している…ごめんね、こんな母さんで…私たちの事…許してね…?2人は兄弟だから…またどこかで出会えるはずだから…)

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「俺には、弟がいる…母さんのために弟を探さなきゃいけないんだ…でも、全く、全く見つからないんだよ…」


 気持ちを僕に伝えながら、堪えきれなくなった涙をポタポタと落としていく先輩。

 

 先輩、たった12歳で…この思いを抱えながら今まで歩んできたの…?

 みんなに笑顔でいてほしいって、母さんとの約束を守るために軽音部でプリンスになって笑顔のために頑張ってきて…。


 その裏では、ずっと寂しかったんだ、ずっとずっと苦しかったんだ…。大好きな人すら守れない自分の弱さや憎しみ、不甲斐なさをずっと抱きながら、本当はどこかで、弱音を吐きたかったんだろう…。もう何もかも捨ててしまいたい…。気持ち的にも自暴自棄にだってなってもおかしくなかったはずだ…。


「うっ…紡…ごめん…」と大粒の涙を流しながら一生懸命気持ちを吐き出してくれた先輩を僕はぎゅっと…優しく抱きしめたんだ…。


 身長差で先輩を抱きしめた僕の頭は、先輩の胸辺りまでしか届かないけど、それでも僕は必死に先輩を抱きしめた。


「先輩、今まで辛かったでしょ…こういう時は思いっきり泣いたっていいんですよ…!僕も辛い時や泣きたい時、父さんがいつもこうしてギュッと包んでくれたんです…。」


 凌空先輩は、そのまま声を上げながら涙を流し両手で僕を抱きしめ返してきた。泣き声と共に、荒ぶる鼓動が僕の身体にヒシヒシと伝わってきたんだ。


「僕に、先輩の話しを聞かせてくれて、本当にありがとうございます…。」


 心地の良い春風が吹くこの場所で、今の僕には、こんな言葉しかかけてあげられなかったんだ。


-少しして


 凌空先輩の気持ちも落ち着きを取り戻し、僕たちの身体はそっと離れていた。


「…自分で話すとか言っておいて、惨めな姿を見せちゃってすまない…。」


「惨めだなんて…僕も先輩に話した時、泣いちゃいましたもん…そして惨めなんかじゃないですよ?先輩の話がしっかり聞けて…僕もありがたかったです…。」


 場を和ませたくて、僕は目をギュッと瞑りながらニコッと返してみたんだ。

 僕の微笑みを見て、凌空先輩もいつもの微笑みと共に「聞いてくれてありがとう、スッキリしたよ…。」と返してくれたんだ…。


「…紡?」


「…はい?」


「…またここへ…一緒に来ような…!」


 そのまま先輩の手が僕の頭に乗っかり、ポンポンと優しく撫でてくれたのだ…。

 僕の顔が自然と紅潮し、鼓動も早くなる…でも暗くて全ては見えていないはずだ…。


 先輩には見えていないと思いながら僕は

「また、一緒に来ましょう」と笑顔で先輩に返したんだ。

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