A-22

 凌空先輩は車を走らせながら

「うん、聞くよ。いや、俺で良ければ、むしろ聞かせて?」と優しく微笑んでくれたんだ。


 僕は、先輩に昔の話を聞いてもらった。


「…ぼ、僕の父さんは、僕が10歳の時に交通事故で亡くなりました…。すごく優しくて、でもどこかクールで、僕のことをとことん愛して育ててくれました…。父さんが交通事故で亡くなった時は、たった10歳の僕も父さんがいない生活が受け入れられなくて、この世の終わりのようでした…」


 涙を堪えながら話す僕に「うんうん、ゆっくりでいいよ」と優しく声をかけ、傾聴してくれる凌空先輩に僕は続けた。


「その後、僕は幼馴染の深結と離れて児童養護施設に預けられることになったんです。」


「お母さんは……っ!ご、ごめん」と自身の発言に少し慌てる凌空先輩。


「だ、大丈夫です。母は、僕が物心つく頃にはいませんでした…。だから顔もよく覚えてなくて、父さんだけが僕の支えだったんです…。」


 僕の目に飛び込んだ凌空先輩の表情は、寂しそうな顔をしていた。それでも凌空先輩は、僕の話を続けて聞いてくれたんだ。


「…父さんはとても料理が上手な人でした…。僕のために働きながらも、必ず手料理を振舞ってくれて…。休みの日に一緒に台所で料理を作るのが僕の一番の楽しみだったんです…。外に出かけることも好きだったけど、料理を作ることが僕にとって一番の至福の時でした…。」


「父さんが亡くなってからも…児童養護施設では料理をよくしていて…。でも、父さんとの思い出から抜け出せない僕にとって…料理だけが心の支えになっていたのかもしれません…。そして19歳になる今年、児童養護施設を出た僕は大学に入って、ちゃんと料理に向き合いたい、知識を得たいと思ったんです…。」


「そうか…お父さんのこと、本当に大好きだったんだな…。」


「…はい、心の底から…」


 凌空先輩は、僕の話を一言一句逃さないように相槌を入れながら、しっかりと受け止めてくれた後、僕に1つ、質問を投げかけてきたんだ。


「紡?…じゃあ、どうして今日、俺を見て泣いたんだ?」


「…っ…!そ、それは、先輩を…」


(僕…!狼狽えるな…!!ここは、ちゃんと言わないと…!)


「先輩を見ると…なぜか脳裏に、父さんとの思い出が…出てくるんです…」


「………」


「先輩と父さんの温もりが、あまりにもそっくりで…それで、さっきも辛くなってしまって…」


 僕は言葉を吐き出した瞬間、心に詰まっていた何がが放出され、また涙を流してしまった。


 そんな僕に凌空先輩は「うん、分かったよ」と車を途中で停め、僕の頭をそっと優しく撫でてくれたんだ。


(…せっ…せんぱ…ぃ///)


 僕の頭を優しく撫でながら先輩は続けた。

「ちなみに、どんな時にお父さんが濃く現れる…?」


「ど…どんな時…?え、えっと………あっ!…よく考えてみれば、何も考えてない不意の瞬間…」


 今日のコピー機事件…


 深結が不意に話した父さんの話…


 携帯で先輩の写真をみつけた時…



 先輩の問いかけに僕もよく考えてみると不意を突かれるとダメなようだ。

 不意に父さんが出てきて、苦しいことや寂しいことしか僕には考えられなかったんだ。


「…紡…今はどうだ?」


 僕の頭を優しく撫でながら、そして僕の顔を優しく見つめながら凌空先輩は僕に「今は父さん、見えるかい…?」と問いかけてきた。


 凌空先輩、そんな顔で僕を見つめないで…。僕があなたの事が好きだって事がバレてしまうじゃん…。それぐらい僕の顔は涙とともに紅潮してしまっていたんだ。でも、暗がりだったからきっと見えていない…そう思うことにした。


「い、今は、先輩しか見えません…」


 涙ながらに答える僕に凌空先輩は、ニコッと微笑みながら気持ちを伝えてくれた。


「ならよかったよ…。なぁ紡?頑張ってたくさん話してくれてありがとう。紡のこと…知れてよかった」


「俺はさ、父さんにはなれないけど、俺の行動で、色々思い出して、悲しむ紡を見たくないし、もうこれ以上、お前を悲しませて泣かせたくない…。ちゃんと行動を弁えるから、それでも良ければ、俺と仲良くしてくれないか…?」


 1つ1つ優しく綴られた先輩の言葉が僕の心に突き刺さる。

 父さんが出てきてしまう理由を雰囲気や温もりが似てるからというだけで、勝手に凌空先輩に重ね合わせて、僕自身の気持ちを誤魔化そうとしてきた。


 何も悪いことをしていない先輩に迷惑をかけたし、後悔までさせたのに…。

 先輩は僕とちゃんと向き合いたいと言ってくれている。そんな凌空先輩の思いを僕は、断る理由なんてひとつも見当たらない。


「…もちろんです、こんな僕で良ければ…お願いします…」


 泣きじゃくりながら返答した僕のことを先輩は落ち着くまでずっと、優しく背中をさすってくれていたんだ。

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