A-20

(どこかで…気持ちを落ち着かせないと…)


 僕は、一心不乱に洸の元に向かっていた。なんでだろう、咄嗟に洸に会いたくなったんだ。深結と灯里は軽音部だし、そこには凌空先輩が戻ってきてしまうかもしれない…。


 洸が部活中なのは分かっている…。でも、誰かのそばにいたかったんだ。


 グラウンドに着き僕は、以前深結と座った芝生に腰をかける。グラウンドではサッカー部の他に野球部や陸上部も活動をしていた。


(…あ…洸だ…)


 夢中になりながらサッカーをしている洸。

 今日もニコニコと楽しそうにボールを追っては汗を飛び散らしている…。


(…これだけで…これだけでいいんだ…)


 僕は、洸の姿を見つめながら、1人部活が終わるのをずっと待っていたんだ…。


 ◇ ◇


-夕方


 気付けば夕陽も落ち始め、部活も終わる時間になっていた。

 その時には、僕の気持ちも少し落ち着いていて、洸にLINEを送った、一緒に帰ろうと…。


 そのLINEにすぐ気付いてなのか僕の元に帰る支度をした洸が飛んできてくれたんだ。


「おう、お待たせ!」


「洸、今日もお疲れ様」


「そういえば紡、なんかあったんか?」


(…えっ…まだ何も洸に話してないけど…)


 僕は洸に「なんで?」と声をかけると、ずっと僕がここにいた事も気付いていたし、部活終わりに深結から個別で紡を見かけたら教えてほしいと連絡が来ていたらしい。


 それに洸は、僕の目が腫れぼったい事も気付いていて、心配してくれたんだ…。


 これ以上、大事おおごとになるのが怖かった

 僕は、その場で図書館での出来事を洸に全て打ち明けたんだ…。


「うんうん、そういうことか…」


 洸は一連の出来事を1つ1つ受け止めてくれた。僕は勢いで、その他の話も洸に聞いてもらったんだ。


 父さんが10歳の時に亡くなったこと。

 いつも優しい父さんが大好きだったこと。


 凌空先輩を見ると、なぜか父さんが走馬灯のように脳裏を駆け巡ること。


 自分勝手な思いで、凌空先輩の前で泣いて、手を差し伸べてくれた事さえ、僕は跳ね除けて話もせずに凌空先輩を1人にしてしまったこと。


 僕は涙ながら、洸にありのままの気持ちを打ち明けた。そして、僕の話を聞いてくれた洸がそっと口を開いた。


「…なぁ?…紡?父さんが脳裏に出てきたとしても…お前の気持ちは変わらないんだろ?」


(…え…ど、どういう…)


「お前の先輩への気持ちは、好きって気持ちで変わりないんだよな?」


 優しく問いかけてくる洸。

 その問いかけに僕はまた、涙をボタボタと落としながら「うん、胸が苦しくなるほど…先輩の事が好きなんだ…」


「あ~あ!先輩は羨ましいな!!こんなにあんたのことをさ、心から好きって思ってる人がいてくれるなんてさ!」


 僕の肩に手を添えながら、僕にだけ聞こえる声で会話を続けてくれたんだ。


「…紡?…先輩とちゃんと話してみよう?気持ちをぶつけるんじゃなくて、思っていることをありのまま話してみよう?」


「…あ、ありの…まま…??」


 ありのままって…今、洸に話したことを率直に話せばいいのかな…?でも…僕、不安だよ…。

 

 ただ、僕の不安よりも洸の真面目に話す顔と真っ直ぐな瞳、そして洸の言葉の裏に、僕は心の支えを感じたんだ…。


「きっと先輩も紡と話したいはずだよ?ねっ?大丈夫、ダメだとしても俺らがついてる!ずっとそばで支えるから!」


 洸の心強い励ましに僕は「うん…」とひと言だけ発して、頷いたんだ。


 ◇ ◇


 洸との話も落ち着き、洸が深結にLINEを返した。


《今、紡と一緒にグラウンドにいるよ》


 ピコン!

 すぐ様レスポンスが来て…


《ほんと?!紡と凌空先輩、何かあったのかな…?凌空先輩、紡とちゃんと話がしたいみたいで、連絡取ってくれないかって…。》


「ほれ」と僕にLINE画面を見せてくれる洸。

 僕は、そのLINE内容に戸惑いなのか緊張なのか、はたまた嬉しさなのか分からずに、顔が紅潮してしまった。


「紡、これはチャンスだよ?いいかい?」


 僕は洸の言葉に「うん…」と首を縦に振った。


《紡も先輩に会いたいらしい》


《分かった、そう凌空先輩に伝えておく!18時には部活終わるからら食堂に先輩連れていくね!》


(まず先輩に…謝らなきゃ…)


 ありのままにと言えど、先輩に何を話すか考える…。何せ僕は、先輩に後悔までさせてしまったんだ…。

 緊張で手が震えるのをぐっと堪えながら、18時を迎えるまで洸と一緒に食堂で待つことになったんだ。

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