第2話 自分の部屋の異物
帰りに
エスカレーターにおとなしく乗っていた真礼の胸が、突然、どくんとした。
エスカレーターの向かいに置いてあるトルソにセーターが展示してある。
白いセーターだ。
でも、真礼の胸に響いたのは、セーターそのものではなく、その胸の中途半端なふくらみぐあいだった。
あれと同じだ!
あの子の胸の中途半端なふくらみぐあいがマネキンと同じ。
ふと頭に情景が浮かぶ。
古ぼけた家具に囲まれた部屋で、あの子は、鏡に向かって、ブラの下の胸のふくらみを調節している。
セーターを買ったときのマネキンを思い出しながら、それと同じふくらみになるように。
あの、黄土色に土ぼこりをすり込んだような色の肌を鏡に映して。
もちろん、あの子の姿以外はぜんぶ真礼の想像。
その想像といっしょに、頬の上半分と頭の上まで熱さが上がって来る!
その熱さから逃げるように、真礼はエスカレーターの向かいの店に飛び込んだ。
家に帰ると、真礼はさっさと二階の自分の部屋に上がった。
真礼の想像のあの子の部屋とは違う。黒と白のくっきりとした内装と、同じ配色の家具で統一された、整頓の行き届いた部屋だ。
照明のLEDも、光の色は真っ白。
その部屋で、駅ビルのレディースファッションのフロアで買ってきたグレーのセーターとデニムのパンツを身につけてみる。
早く身につけよう。早く身につけないと。
あせりが真礼を突き動かす。
なぜ自分があせっているか、真礼にはわからないのだけど。
セーターの首回りだけを映して確認しただけで、全身がどう見えるかは、白靴下を穿いてみるまでわざと見なかった。
その白靴下は、高校時代に穿いていた、丈夫さ優先の分厚いソックスだ。
ずっと穿いていなかったものを、たんすの引き出しの下のほうから引っ張り出した。
そして。
口の中から、唾を、緊張感で絞まった
自分の姿を見る。
とつぜん、緊張がゆるむ。
「なにこれ?」
異物。
この白と黒のモノトーンの部屋に存在する、よけいな色の異物だ。
ふふっと短く、小さい笑い声が漏れる。
でも、自分がこの部屋の異物になったのが心地よい。
ここは自分の部屋なのに、自分は異物。
たとえあの子をこの部屋に連れ込んでもこんな感じにはならない。ただ
「あたしの部屋に来るなら、もうちょっと服装のセンスよくしてよね!」
と言いたくなるだけだろう。
異物。
似合わない。
でも、自分の、色白の滑らかな肌、鼻筋の通ったいい形の鼻、淡い色の長い髪、そしてすらっと背の高いスタイル……。
それが「文句を言われるほどの異物」感を救っている。
喉の底に笑い声が立つくらいの異物。
これはおもしろい。
バイト代をはたいて買っただけのことはある。真礼は満足した。
あの科目の授業には、毎回、この服装で行くことにした。
座る席はいつもと同じ。
そして、あの子もいつもと同じ。
自分のことを棚に上げて思う。
どうして、いつもおんなじ席に座ってるんだ?
最初にその服装で行った日、その子が、ちらっと
最初は何も気にしていないように先生のほうを向いたが、すぐにもういちど振り向いてこんどはじっと真礼を見た。
驚いたように、真礼の姿を見る。
髪の毛から、グレーのセーター、肌の見えているその胸元、そして、その場所からは見えないはずの足のところまで。
そして、真礼と目が合いそうになって、あわててまた先生のほうに目をやる。
「やった!」
と思った。
あの子は、自分と同じ服装の子が後ろのほうの席にいることに気づいた。
先生のほうを向いたあとでも顔をしきりと動かしている。動揺したらしい。
真礼は観察する。
あの、黄土色に土ぼこりをすり込んだような肌の一部分が、この子のまぶたになっている。
そして、揺らしている頬も同じ色だ。
モノトーン。
この子が自分の部屋に来たら、言ってやろう。
「そのうすぎたない肌の色も、なんとかしなさいよ」と。
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