グレーのセーター

清瀬 六朗

第1話 グレーのセーターを着ている子

 その子が気になり始めた日、その子はもうグレーのセーターを着ていた。


 「気になる」以上に何を最初に思ったか。それもよく覚えている。

 「うわ! なに、このブスの子!」

ということだった。


 その子に気づいたのは、扇形の階段教室で先生が話すだけの、退屈な授業でだった。

 あまりに退屈で、二百人以上は入る教室には、十人ちょっとしか学生がいない。

 それで、左の後ろのほうに座っている真礼まあやからも、右の、ちょっと前に座っているその子が、斜め下に見下ろせた。

 授業が始まって一時間ぐらい経ったころ、その子は白い保温水筒を持って水を飲んだ。

 顔を大きく上に向けて飲んでいた。

 ちょっと水分を補給するためだけなのに大げさなくらいに。

 お茶かお湯の残りが少なかったのだろうか? でも、それにしては、水筒をそれほど傾けてはいなかった。

 顔を上に向けるのが癖なのかも知れない。

 その水筒を机の上に置き、先生と黒板のほうに顔を向けたときの顔が印象に残った。

 大きい口に、分厚いくちびる。

 黄土色の上に土ぼこりを塗りたくったような色の顔の肌。

 五人ぐらい横並びで座れる机を三つほど隔てているのに、それでもわかる。

 くちびるもその顔の肌も、ぜんぜん手入れをしていなくてざらざら。

 着ていたのは濃いめのグレーの厚手のセーター、首回りが広くて、中途半端に胸の肌が見えている。

 その下に続くずんぐりした体。

 その中途半端な胸のふくらみは、いったい、何?

 ぜんぜん美人ではない。

 かわいくもない。

 美人でもかわいくもないということは、ブス。

 退屈な授業が終わっても、そのブスの子は、自分の席でぐずぐずしたあげく、もう教室に残っているのが二‐三人というころになって、バッグを持って出ていった。

 男物じゃないかと思うような無粋ぶすいなジーパンに、白のハイソックス、薄汚れた白いスニーカーという服装だった。

 「なに? いまのブスの子?」

 そう思って、真礼はいちばん最後に教室を出た。


 気がついたのは、昼休みをはさんだ次の授業のあとでだった。

 机から立ち上がろうとして、この授業のあいだ、自分がずっとあの子の姿を思い出していたことに気がついた。

 思い出しては、

「なに? あのブス」

と思って笑いがこみ上げてくる。

 その繰り返しだった。

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