久しぶりの青い空

 餌をやったあと、静江がすんの腹を揉んでいる。するとすんが大便をひねり出す。同時に小便も出すのでぞうきんで拭いてやっている。


 雪太は「犬用車椅子 設計図」で検索してみる。すると出てくる出てくる設計図の数々。


 塩ビを骨組みに使っている設計図が大半だ。


 いま作ろうかどうか迷っている。犬は成長が早い。一年ぐらいでだいたい大人の大きさになる。そこまで待つか考え中なのである。


 雪太は、あまり工作などに自信がない。今作ってもまた半年後にもうひと型大きいのを作らなければならない。


 静江がすんを風呂場に連れていき、下半身を洗ってやっている様子。


「出かけよう」


 洗面所ですんを拭いている静江に声をかける雪太。


 すんをソファーに座らせ静江が訊いてくる。


「どこに?」


「まあ、ついてくれば分かるさ」


 車を出す雪太。助手席には、すんを抱いた静江。向かったのは、格安で子ども服を売っているチェーン店。


「ジーパン生地のやつがいいな」


「だから何を買うのよ」


「すんのズボンだよ。要は歩く時にち○こが擦れなきゃいいんだろう。じゃあズボンをはかせれば、短い距離くらいは散歩もできる。車椅子を作ることも考えたがすぐに成長して使えなくなる」


 雪太は、すんの頭をなでる。


「ん~まあ、分かったような分からないような」


「とにかく試してみよう」


 すんを車に残し、店に入る。赤ちゃんコーナーに行きズボンをあれこれ物色する。


 だいたい大きさが合いそうな赤ちゃん用のジーパンを2つと、ジャージを1つ買った。全部で千円ちょっと。


 帰りしな、そのまま土手に行き車を停める。雪太が値札をひっかけているプラスチックをライターで焼き切る。


「まずはジーパンを履かせてみよう」


 静江がすんにジーパンを履かせている。しっぽがじゃまだが片方にねじこむ。


「いいんじゃない?」


「よし、実際に歩かせてみよう」


 河川敷に降り、草むらの上にすんを置く。何も分からず嬉しげにこちらを見上げて口をポカーンと開けているのが愛らしい。


 10メートルほど離れた所に静江が座り、すんのおもちゃのボールを取り出す。


「すん、すーん」


 静江がボールを振りながらすんを呼ぶ。しかしすんは振り向きもせず、雪太を見ている。


「犬は基本的にリーダーの言うことしか聞かないしな」


 静江がむっつりして近づいてくる。


「いつもエサをやってるのは私なのに」


「交代してみよう」


 今度は雪太がボールを持ち10メートル離れる。


「すーん!」


 雪太の呼び掛けに振り向いた。が、静江にじゃれついている。


「あれ?」


「転がしてみればいいんじゃない?」


「なるほど」


 ボールを静江のほうに転がすと、今度は反応した。


 ボールをくわえ、静江が取ろうとすると「うー、うー」と反抗しボールを渡さない。


 らちがあかないので作戦変更だ。雪太と静江が川の方へ歩きだす。するとよちよちと、後を追ってくる。


「いいぞいいぞ、その調子だ!」


 しかしもぞもぞしていて駆けてくるというにはほど遠い。


「やっぱり車輪がついてないとだめか~」


「まあ、とりあえずはこれでいいんじゃない。短い距離なら散歩も出来そうだし」



 雪太がタバコに火をつけ、パーカーのポケットからジュースを取り出し半分飲むと静江に渡す。


 静江もジュースを飲み、川を見つめている。雪太は河川敷に寝っ転がる。続いて静江も。


 上空にはとんびが舞っている。


「平和だなー」


「うん」


 こんなに青い空は久しぶりだ。初秋の涼しい風が二人の頬に優しくふれる。



 しばらくすると静江がすんの頭をなでながら、鼻をずるずるいわせだす。


 雪太がそーっと見てみると、静江がなぜだか泣いている。


「なになに、何の涙?」


「え~? 平和だなーっと思って……」


 しばし無言の二人。


「私、若い頃本当に荒れてたの。いままで言わなかったけど……彼氏はやくざみたいな人でいつも私からお金をむしり取って……ひっく……その男を殺したら自由になれるのかなとか考えたり、ひっく……

行き場がなくて、逃げ場もなくて。私はこのまま年老いていくんだって思っていたの。いま、幸せで……ひっく……幸せで……」


 そして雪太の胸に顔をうずめ、大泣きをし始めた。


「そっか……」


 しばらくそうして雪太の胸で泣いていたが、ごろんと上をむき、また大空を見た。


「ら~ららら~らら、ら~ららら~……」


 鼻唄を静かに歌いだす。様々な想いが雪太の胸を去来する。


「ら~ららら~らら、」


 雪太が合わせて歌うと


「違うわよ!」


 と、きびしい言葉。そしてにこりとする。


「むっふふ、なんだよ」


「いいの。ひとりで歌わせて」


 静江は目をつぶる。


「ら~ららら~らら……」


 静かにその歌を聴く雪太。タバコをもう一本取り出し、また火をつけ煙をはき出す。煙はいったん上に昇り、秋の風に乗って消えてゆく。


「帰ろうか」


 と、静江。


「そだな」


 雪太は立ち上がり、静江の手をとって歩き始めた。


 静江は、その手を強く握り返す。


 離れないように、はぐれないように。






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